人口約1万1000人の北海道浦河町でインド人《2015年13人⇒2025年327人》急増の"切実な事情"
インド人が急増している“浦河町”
インド人が急増している町が北海道にある――。
知人からそう聞いて足を運んでみた。町のショッピングセンターをのぞくと、色鮮やかなサリーをまとった女性が夫や子どもと買い物をしていた。数人のインド人男性が大量の牛乳パックをカートに載せていく。チャイ(ミルクティー)を作るのだ。「売上げが伸びて、助かってます」と店長は話す。
一方で、知人の情報は不正確でもあった。増えていたのはインド人だけではなかった。私がその町で最初に言葉を交わした外国人は「サウスアフリカから来た」と言った。
30年ほど時を遡れば、その町には欧米人が多かったという。ただ一人、今もその町で暮らすオーストラリア人と親しくなった。彼はここ数年増えてきたインド人を「だらしない。自衛隊にでも入れなきゃダメだ!」と早口の日本語でこきおろした。インド人急増の舞台裏には「プロデューサー」がいた。彼もまた、かつて海を渡ってこの町に住み着いた異邦人だった。
私が暮らす札幌から、南東へ車で3時間。日高地方の東部、浦河町が、この物語の主な舞台だ。
日本の競走馬(サラブレッド)の8割が日高地方(7つの町から成る)で生産される。浦河にもあちこちに「〇〇牧場」「□□スタッド」「△△ステーブル」の看板が立つ。スタッドは種馬のいる「生産牧場」。ステーブルはよそで生産した馬を預かって調教を専門に行なう「育成牧場」を指す。経営規模の大きな牧場は、生産も育成も両方行なう。
急増する外国人はみな、こうした牧場のスタッフだ。馬に乗って調教する「乗り役(騎乗員)」、あるいは廏舎で馬の世話をする「グラウンド(廏務員)」として、彼らは働く。
彼らはなぜ灼熱の母国を離れ、冬は酷寒となる異国へやって来たのか?そして、ここでどんな生活を送っているのか?それを知りたくて、私は2年間、なかば暮らすように浦河に通った。



















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