人口約1万1000人の北海道浦河町でインド人《2015年13人⇒2025年327人》急増の"切実な事情"
町の人口が増えることは、浦河町にとって税収や経済効果の面ではありがたい。しかし一方で、行政機関としては言葉も習慣も違う外国人住民への対応を迫られた。
2018年、池田拓町長(当時67歳)は、東京のインド大使館から紹介を受けたジャグモハン・チャンドラニ氏(65歳)を町に招いた。江戸川区で紅茶の輸入販売会社を営む、在日インド人界の重鎮だ。
浦河のインド人ホースマンと言葉を交わし、その暮らしぶりを見たチャンドラニ氏は、「町内のスーパーに、インド人が好む長粒米(インディカ米)や香辛料を置いてほしい」「町の中心部に買い物に行くための乗合バスを運行してほしい」など、彼らの声を町長に伝えた。
その2カ月後、町は役場の窓口にヒンディー語や英語の通訳と直接ビデオコールで話せるタブレット端末を設置した。東京の通訳会社のサービスだ。納税手続きや生活相談に利用された(2021年3月まで)。
強力な助っ人が町にやってきたのは、2021年のこと
2020年には「浦河日印友好協会」が設立された。発起人の一人は町議会議員でもある辻牧場の辻芳明さん(71歳)。
すでに一線を退いていたが、長く馬の繁殖を手がけてきた。インド人のための日本語教室を始めた直後、コロナ禍に直面し、教室は今も再開されていないが、芳明さんは協会設立時の記者会見で「浦河はインドと縁が深い」と、こんなエピソードを披露している。
「名馬シンザンの父はヒンドスタン。1955年、イギリスから浦河に連れてきた種馬です。生産したアガ・カーン3世はインドの出身で、ヒンドスタン高原から命名しました」
浦河町立の馬事資料館には、種馬ヒンドスタンの剥製が展示されている。
強力な助っ人が町にやってきたのは、2021年のことだ。
稲岡千春さん。ヒンディー語の通訳だ。「インドと関わって30年以上」と話す稲岡さんは、ホームステイや旅行会社の添乗の仕事でインドにたびたび渡航した。東京でインド料理店を経営するが、店は従業員に任せ、浦河の住人となった。
最初の1年は、牧場で働くインド人の困りごとに対応する調査員、2年目からは「地域おこし協力隊」(任期3年)の隊員として活動している。
「最初は町のショッピングセンターに『ヒンディー語で相談に乗ります。困ったことはありませんか?』というチラシを置かせてもらいました。信頼されるまで時間がかかりましたけど、信頼されてからが大変でした。問い合わせが、多い月だと300件。一人では対処できません。だから想定される質問については私が先手を打って、『広報』として発信することにしました」



















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