独裁者が権力というランニングマシンを降りることもできずに走り続けるしかなく、権力を手放して民主化することが困難な理由

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彼らの多くは独裁者と同様、そうとう法を破っている。独裁者の敵たちを消し去ったのは彼らかもしれない。新たに民営化された企業を実際の価値の10%で譲り受けたのも、独裁者を支持してきた彼らかもしれない。

これらの要因がすべて相まって、民主化への動きを難しくしかねないが、軍が民主化に反対していると、事はいっそう困難になりうる。

次のような筋書きを想像してほしい。ある独裁者が、民主化するべき時が来たと判断する。なぜなら、それが本人にとっては悪いなかでもいちばんましな先行きだからだ。

だが、軍人たちの見方は違う。彼らは今、裕福になる機会にたっぷり恵まれており、独裁者に仕えて金持ちになるほうが、民主的な指導者に仕えて貧しくなるよりもいいと思っているかもしれない。

軍人たちが直面することになる二重の脅威

だが、軍人たちにとっては、問題は金銭にとどまらない。民主化の試みが、新しい統治体制だけでなく新しい指導者の誕生にもつながるというのが、彼らにとっては悪夢のような筋書きだ。

その筋書きどおりになったら、二重の脅威が生じる。民主体制が成立すれば、それまで独裁体制に仕えてきた軍人たち自身も責任を問われる可能性が高まる。

だが、それだけではない。新しい指導者には、軍に敵対する行動を取る強い動機がある。なぜなら新指導者は、従来の特権を失うのを恐れる軍が自分に反抗することを懸念する可能性が高いからだ。

それに対して、軍人たちは先手を打ちたがる。新しい民主主義的な指導者は、就任後は真っ先に治安部門の改革に取り掛かることが多いためだ。新しい指導者は、独裁体制を守っていた保守的な軍を信用しない。無理もない話だろう。

この筋書きは、まったくの仮想ではなく、何度となく現実のものとなってきたし、ランニングマシンのスイッチを切ることが独裁者にとってはなはだ危険である理由の1つでもある。

指導者がスイッチを切ろうと思っても、周りの人々がどうしてもそうさせない。だから、独裁者は走り続けるのにうんざりしてもなお、ランニングマシンの上にとどまることを事実上強制されてしまうのだ。

(翻訳:柴田裕之)

マーセル・ディルサス キール大学安全保障政策研究所客員研究員

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Marcel Dirsus

ドイツのキール大学安全保障政策研究所の客員研究員。オックスフォード大学で学び、反政府武装勢力によるクーデターが未遂に終わった2013年にはコンゴ民主共和国で働いていた。政治をテーマとするニュースレターのThe Hundredを執筆し、NATOやOECDといった主要な財団や国際組織に助言を与えてきた。

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