独裁者が権力というランニングマシンを降りることもできずに走り続けるしかなく、権力を手放して民主化することが困難な理由

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たいていの独裁者は、民主化を促進するよりも妨害したがるだろう。民主国家は多種多様だが、有権者が主権を握っている点は、そのすべてに共通している。

仲介者(政治家という形を取る)がいるし、すべての人の票が同じ重みを持つわけではないだろうが、人々は不満があれば政権を交代させることができる。

独裁者にとって、民主国家の平均的な大統領あるいは首相となるのは、大統領官邸で居ながらにして国全体を管理するのと比べれば、はるかに見劣りする。

突然、調査報道を許さなければならなくなることなど、受け容れられるだろうか? 「革命の輝かしい父」が、議員たちの制約を受けなければならないとは! もう、採掘権を与えて何百万ドルも儲(もう)けることができない? そんなことは、ご免だ。

ひょっとすると、こちらのほうがなお重要かもしれないが、民主化を試みても、独裁者が権力の座にとどまり続けられる保証はない。けっきょく、やはり職を失ったり、さらに悲惨な目に遭ったりしかねない。

あるいは、権限を与えられた議員たちや独立した裁判官たちに、責任を負わされるかもしれない。そのような筋書きは、個人独裁者にとってとりわけ大きな脅威となる。

窮地に立たされる危険

独裁政権の崩壊についての調査によれば、民主化に成功したとしてさえ、個人独裁者に「良い」結果となる可能性は36%しかないという。

他の種類の独裁者のほうが、民主化したいという動機を持ちやすい。政党のトップに立つことで権力を得ている独裁的指導者にとって、その政党は楯の役割を果たし、退陣した独裁者を一般大衆から守ることができる。

だが、本人に権力が集中している個人独裁者には、それは望めない。だから、たとえ民主体制への移行が起こったとしても、個人独裁者には窮地に立たされる危険がたっぷりある。

また、たとえランニングマシンのスイッチを切ることが望ましかったとしても、すべての独裁者にその選択肢があるわけではない。彼らはプラグを抜こうとすることはできても、自国が民主国家に変わる段階まで実際に到達するとはかぎらない。

主な理由は、周りのエリートたちの関心にある。なぜならこれは、たんに指導者にとっての決定にとどまらず、独裁者の取り巻きや黒幕にもかかわることであり、彼らも政権の存続に損得が懸かっているからだ。

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