水族館の人気者バンドウイルカを死に追いやった「ブドウの房」のような姿をした生き物の正体――飼育員さんの強い思いで実現した出張解剖
さて、内臓を取り出してみると、脾臓が腫れていました。
また、本来は淡いピンク色をしているはずの肺が全体的に暗褐色や黒色に変わっており、弾力も失われていました。切開すると、血液と膿が混じったものがじわっと流れ出てきました。
さらに、腎臓にはたくさんの結石が見つかりました。
一方で、心臓や肝臓、膵臓、胃、腸など、そのほかの臓器には大きな異常は見つかりませんでした。
後日の顕微鏡による組織の観察で、肺と脾臓、浅頸リンパ節には無数の炎症細胞が浸潤していて、組織を破壊していることがわかりました。病変部には、ブドウの房のように集まった丸い細菌が多数増殖しており、この細菌は培養によって黄色ブドウ球菌であることが判明しました。
黄色ブドウ球菌は、環境中に広く分布している細菌です。ある種の培地で培養すると黄色いコロニーをつくり、顕微鏡では丸い菌体がブドウの房のように集まって観察されることから、この名前がつけられています。
人間や動物の皮膚や粘膜などにも常在しており、通常は害を及ぼしませんが、皮膚に傷口があったり免疫機能が低下していたりすると感染症を引き起こすことがあります。
結論として、このイルカの直接の死因は黄色ブドウ球菌による肺炎であり、脾臓と浅頸リンパ節にも病変が確認されたことから、全身感染を起こしていたと考えられます。また、感染の進行による脱水で、腎結石による腎障害も併発していたようでした。
単なる肺炎…ではなかった?
頭の上にある鼻孔で呼吸をするイルカは、水質や水面付近の空気の影響を受けやすく、しばしば呼吸器の病気になります。特に肺炎は、水族館で飼育されるイルカの主な死因の1つとされ、海岸に打ち上げられた野生のイルカでもしばしば肺炎が見つかります。
今回もその典型的なケースかと思われました……が、しかし、話はそう単純ではありませんでした。
遺体の全身をくまなく調べていたところ、尾びれのあたりに蜂窩織炎(ほうかしきえん:皮膚とその下の組織に生じる細菌感染症)を見つけました。そして、そこにも肺と同じ黄色ブドウ球菌を検出したのです。
見た目はわずかな皮膚の色の変化とへこみでした。