水族館の人気者バンドウイルカを死に追いやった「ブドウの房」のような姿をした生き物の正体――飼育員さんの強い思いで実現した出張解剖

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

飼育員さんの証言によれば、2週間ほど前から食欲がなくなり、体重が徐々に減少していったとのこと。血液検査では白血球の増加が認められたため、なんらかの感染症を疑って抗菌薬の投与などの治療が行われていました。しかし奏効せず、泳ぎが緩慢になってきたため、プールから引き上げて改めて検査と処置をしようとしたときに、飼育員さんたちの目の前で亡くなってしまったのです。

原因がわからないまま死なせてしまった無念さから、飼育員さんたちは獣医病理医である僕に遺体の病理解剖を依頼してきたのでした。

飼育員さんたちの思い

僕はこれまでにイルカの病理解剖を15~16体、組織の病理検査だけなら60体ほど経験しています。成体のバンドウイルカのような200キロを超える動物になると遺体の移動が難しいため、たいていはこのときのように水族館のバックヤードなどを使っての「出張解剖」となります。

亡くなったイルカの世話を担当していたのは、飼育員さん3人と獣医師さん1人のチーム。その4人全員の強い希望により、病理解剖に参加してもらいながら、解剖の手順や手技、病変観察の要点などをレクチャーしていきました。

好奇心旺盛で愛嬌のある動物であるイルカ。飼育下では人にもよく慣れます。何年も世話をしてきた飼育員さんたちの思い入れは相当なものです。

そんな子が目の前で息絶え、あげく解剖されて体が切り刻まれていく。飼育員にとってつらくないわけがありません。しかし、だからこそ、このときの飼育員さんたちからは、「この機会を決して無駄にしないぞ」「何一つ見逃すまい」「疑問が浮かべばすべて質問しよう」という強い意気込みが伝わってきました。

このイルカの生前の様子や亡くなるまでの経過も、事細かに説明してくれました。そんな彼らの気迫に応えるべく、僕もふだん以上に注意を払って病理解剖に臨みます。

解剖刀という包丁のような刃物で、遺体の顎下から肛門まで体の中心線に沿って刃を入れ、皮膚を剥離していきます。このとき、浅頸リンパ節という、首の皮下にあるリンパ節が腫れているのに気づきました。

リンパ節が腫れているので、もしかすると感染症かもしれない。そう考え、慎重に腹部と胸部を開いていきます。開口部から流れ出る血液を水でしっかりと洗い流しながら、お腹の中や胸の中の臓器・組織を観察し、病変をていねいに探していきます。

並行して、すべての臓器と組織から、顕微鏡で観察するためのサンプルを採取していきます。

次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事