傾きマンション事件が起こるのは必然だった

民間建設工事にも問われる発注者責任

そこで、古賀誠元衆議院議員を中心に議員立法によって「公共工事品質確保促進法」が2005年に成立。公共工事の悪い慣行だった「歩切り」が法的に禁止された。公共工事では、設計図書に基づいて発注機関が積算した「予定価格」を上限として入札が行われるが、歩切りとは予算が足りないなどの理由で予定価格を根拠がないままに切り下げる行為だ。

白紙撤回になった新国立競技場の建設問題で、ゼネコンが3000億円を上回る積算価格を示していたにもかかわらず、発注者側からは「赤字覚悟でも工事を受注すべき」との発言が聞かれたが、これがまさに歩切りの典型である。

国交省が2015年1月に実施した調査でも、地方自治体の中にはいまだに歩切りを行っているところが約4割を占め、根深い問題となっているものの、国交省では、公共工事品質確保推進法で歩切りを禁止したのをきっかけに公共工事については「発注者責任」という考え方を打ち出し、公共工事の品質を確保するために適正な価格、適正な工期での発注に取り組むようになった。

ひるがえって、民間工事はどうか。

品質よりコスト優先

1990年代半ばから建設業界を取材している筆者が、民間工事の発注者の意識に変化が生じたのを感じたのは、バブル崩壊で景気低迷が深刻化したタイミングだ。それまでは「いい建物を安く」という方針だったのが、「そこそこの建物をできるだけ安く」になった。明らかに品質よりコスト優先となった。

加えて、ちょうど同じ時期に米国から不動産証券化の仕組みが導入されたことで、不動産価格を収益利回りで評価する考え方が急速に広まったのも影響しているのかもしれない。もともと建物を所有目的で造る発注者には「いいものを造りたい」との意識が強く、それが工事費引き下げの歯止めになっていた。ただし、建物を転売目的で造る発注者は収益利回りが優先されるため、工事費引き下げ圧力が強く働きがちだ。

当時、民間発注者からは「ゼネコンが勝手に請負価格を引き下げただけ。こちらから無理に値引きを要求したりしたことはない」との声を聞いたが、ゼネコンが巨額の不良債権を抱え、公共事業費も減り、生き残るために無理な受注をしていたことを知らなかったわけではあるまい。発注者の優位な立場を利用していたのは明らかだった。

現在の建設技能労働者の深刻な人手不足は、労務単価の下落と法定3保険(雇用保険、年金、健康保険)の未加入が原因だ。それが顕在化したのはゼネコンによるダンピング受注が始まった時期に重なる。最近の建設工事費の大幅な上昇は、当時のしっぺ返しではあるが、今後も需給バランスが大きく崩れるたびに工事費や労務単価が乱高下するようでは、建設技術者や技能労働者を安定的に確保し育成するのは難しい。それが建設工事の品質に影響することは避けられないだろう。

公共工事ではダンピング受注を防止するために公共工事品確法が制定され、発注方式の見直しも行われたものの、民間工事はあくまでも民間企業同士の契約行為。その内容を法律で規制するのは議論が分かれるところとはいえ、建設工事の専門知識に乏しい一般消費者や投資家への転売目的で建物をつくる発注者にはより厳しい「発注者責任」が求められて然るべきである。

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