これまで何があろうと、クレムリンに忠誠を果たしてさえいれば、安全な「政治的エレベーター」に乗って出世してきた政権エリートたちは今や、「仕事で失敗すれば、死が待っているという匂いを感じ始めている」(反政権派政治アナリスト エカテリーナ・シュリマン氏)のだ。
なぜ、高官への厳罰も辞さない姿勢にプーチンが転じたのか。もちろん、その背景には4年目に入った侵攻の長期化がある。いつになったら、プーチンが約束した「勝利」が来るのか、先が見えない。そんな閉塞感が社会に広がる中、政権を内部から支えるエリートたちの異議申し立ての動きが現出するのを事前に封じ込めようと、クレムリンが一種の予防攻撃として、失敗を犯した高官への厳罰化に踏み切ったのだ。
政権強権化の背景にはもう1つ、軍事面で別の大きな要因がある。ロシア軍が未だに「戦勝」を予感させる戦略的戦果を上げられない背景には兵力不足がある。軍部や政権内のタカ派からは、国民の総動員態勢の導入を求める声が強まっている。これまで国民の強い反発を警戒して、その導入に踏み切れなかったプーチンが、ついに総動員令発令を出す覚悟を決め、その前に国民の反対行動を徹底的に封じ込めようとしている可能性があると筆者は見る。
上述したスタロボイト事件の直後、クレムリンはこれを予感させる手を打った。侵攻を批判するような「過激主義的な」字句をインターネット上で検索すること自体を、罰金刑の対象にするとの法律だ。これまでも侵攻への反対を表明する言動に対し厳しく処罰してきたプーチン政権が、侵攻に否定的な考えに触れることすら許さなくなったということだ。
ロシアでは侵攻に強く反対してきた報道機関やジャーナリストは、すでに国外に移っている。この法律は「一般国民が侵攻への疑問を頭の中で考えることも罰し始めた」と受け止められている。
戦時経済の終焉と強圧的な財源確保
経済でもクレムリンの危機感が増している。2025年の国家予算で歳出の約40%が軍事関連費という異例の戦費優先経済が堅調だったロシア。だが、ここへきて、原油価格の低下もあって、息切れの様相を来しつつある。クレムリンの最高幹部であるマトビエンコ上院議長が2026年の予算編成について「最も厳しい節約が必要になる」との異例の警告を発したほどだ。膨張した戦費をカンフル剤にした戦時経済の「奇跡」は終わりつつあると言える。
「厳しい節約」をしながら、今後の戦費をどうやって工面するのか。この問題でもプーチンは極めて強権的な手段に訴え始めた。かつて政府から国有企業を民有化してもらい、大企業に育ててきたオルガルヒ(新興財閥)だったが、彼らから再び、強引に企業を接収し、再国有化する動きが広がっているのだ。こうした企業資産の政府による没収で、戦費を確保しようとしている。
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