《ミドルのための実践的戦略思考》マイケル・ポーターの『競争の戦略』で読み解く部品営業担当者の悩み
はじめまして。荒木博行です。私はグロービス経営大学院にて、「経営戦略」や「戦略思考」といった分野における研究や講義を担当しています。
さて、皆さんは「経営戦略論」と聞いて、身近さを感じるでしょうか。多くの方は、「経営戦略論は経営者が使うもの」として自分とは関係ないことと考えるか、もしくは「いつか使う日が来るまでしっかり理解しておかないと」と考えて書籍を読んだりしています。しかし、いずれも間違っています。
経営戦略論は、我々現場にいるビジネスパーソンの「日常的な」ツールです。この考え方を身につけることができれば、間違いなく我々の仕事の質は改善し、成果につながっていきます。「マネジメントの立場になったら……」とか「いつかそのうち……」といったような遠い話ではないのです。
本連載「ミドルのための実践的戦略思考」では様々な立場の現場のマネジャーのストーリーを基点に、古今東西の優れた戦略論から彼・彼女らの仕事をより良くするヒントが得られるかを具体的に考えていきます。まず第1回は、とある電気部品メーカーの営業担当者を例に、経営戦略論の第一人者であるマイケル・ポーターが『競争の戦略』の中で紹介した概念「5つの力」の使い方を詳説していきましょう。
■ストーリー:電機部品メーカーの営業担当・田中の場合
田中は電機部品メーカーにて、家電製品向けに部品を販売する営業担当者である。新卒からこの企業に入社し、既に10年。今まで営業一筋であった田中は、長らく顧客と築いてきた信頼関係を武器に、確実に実績を積み重ねてきた。
田中が兼ねてから担当していた部品は、クオリティの高さのために顧客からの評判がよく、業界内において比較的、高価格にもかかわらず確実に売れる商品であった。そのクオリティの高さを武器にしつつ、田中は競合よりも顧客に足しげく通い、顧客のニーズをいち早く聞きだし、適切なソリューションを提案していった。これこそが田中の勝ちパターンであった。
しかし、ここ数年で、その風向きが明らかに変わってきた。今までは安定的に高価格で購入してきた顧客も、徐々に価格に対して注文をしてくるようになってきた。あるとき、とある中国メーカーが、同じようなクオリティであるにもかかわらず、半額の値付けで参入をしてきた、という情報が田中のところに入ってきた。
そんな中、とある大口顧客との商談の際、「御社には安心感があるので、取引は継続したいが、価格はもう少し配慮してもらえないか」というリクエストを出てきた。田中には、過去に、受注を取りたいがために「今回だけですよ」という条件で値下げを飲んだ経験があった。しかし、一度でも「値下げした」という事実は、顧客に「交渉の余地」を与えることになった。この怖さを知った田中は、以降、どんなことがあっても値下げには応じなくなった。その姿勢はむしろ顧客に好印象すら与えることになり、「強気の営業マン、田中」として社内からも一目置かれる存在にもなった。