《ミドルのための実践的戦略思考》マイケル・ポーターの『競争の戦略』で読み解く部品営業担当者の悩み
ここからヒントを得て、まず田中さんが所属する「部品業界」を、もう少し細かく見てみるのも一案です。具体的には、「製品やサービスの範囲」をどう定義するのか。「地理的な範囲」をどう定義するのか。こんなことをクリアにしていくことで、自分達の顧客像を明らかにし、業界をもう一度見つめ直してみるのです。
例えばサムスンは、顧客からの値下げ圧力が強く、競合との競争が激化して、魅力度の低下している先進国市場におけるエレクトロニクス製品で勝負するのではなく、業界の地理的な範囲を新興国に絞りました。そこでは、市場の広がりも見込め、競争環境は緩やかであり、また流通や最終顧客については開拓には手間がかかりますが、一度開拓できれば圧力もそれほど強くかかりません。そういう市場にいち早く入り、チャネルを整備することにより、川下からの圧力を弱めました。当然、新規参入の脅威や代替品(新興国の場合は使用しないという選択肢)の可能性はありますが、積極的かつ効果的なプロモーションや啓蒙活動を通じて認知度をいち早く築き、防衛力をつけました。
1990年代においてはエレクトロニクス業界において全くプレゼンスのなかったサムスンが業界トップへと至ったのは、業界の範囲の定義によって「5つの力」の圧力を改善した結果とも言えるでしょう。
もう一つのヒントとして、「定量的に業界構造を調べきる」ということが挙げられます。定性的に「何となく強い」とするのではなく、具体的にどれくらいの影響力なのか、ということを数字で把握してみることが重要です。
例えば、
・最終製品における我が社の部品の総コストに占める割合はどれくらいなのか
・生産設備をフル稼働させるために必要な業界全体の売上はどれくらいなのか、それに対して現在はどれくらいの割合なのか
・買い手のスイッチングコストは具体的に何であり、変更することのコストはどれくらいなのか(=いくら値引きすれば、製品のスイッチが起こりうるのか)
といったようなことです。
こういったことを具体的に認識することにより、「どれくらい現在の業界が厳しくなりつつあるのか」「現在の真の収益基盤は何なのか」を把握することが可能になり、今後の打ち手、つまり「どの力をどう弱めるのか」ということの具体的な発想につながりやすくなるのです。
最後にもう1つ。
「5つの力」については、経営戦略論における概念(=フレームワーク)の中でも、かなり有名なものなので、比較的多くの方が知っているツールに分類されると思います。しかし、多くの人は「知っている」だけに留まっています。残念ながら、私の見る限り、自分のビジネスに当てはめて考えている人、そしてそれをベースに具体的なアクションまでつなげている人はほとんどいないのが現状です。