拷問や強制失踪が横行・・・ 「軍事政権に壊された家族」描くブラジル映画『アイム・スティル・ヒア』 “賞レースの顔”となった本作の凄さとは
本作の着想は、ルーベンスとエウニセの実子、息子のマルセロが2015年に発表した回想録をサレス監督が読んだことがきっかけとなった。
「胸の奥が激しく震えた。ブラジル軍事独裁政権に奪われ、存在ごと消されたデサパレシード(行方不明者)の悲劇が、“残された者”の視点で語られるのははじめてだったからだ」と語るサレス監督だが、実はこの物語はパーソナルな物語でもあった。「パイヴァ家とは旧知で、子どもたちとは友人だった。あの家のたたずまいはいまも鮮明に残っている」。

映画の企画中に「ブラジルのトランプ」が大統領就任
幼少期をフランスやアメリカで過ごし、リオに戻ってきたサレス監督は、1960年代末にリオに移住したパイヴァ家と出会い、思春期の一部を彼らと過ごすこととなる。
そこでは世代や立場を越えた人々が集い、映画、音楽、建築など革新的な音楽や文化に触れ、独裁政権下の政治について語り合う。当時のブラジル社会では異質な空間だった。
思春期だったサレス監督の価値観はそこで大きく揺さぶられ、パイヴァ家そのものが「ブラジルをこんな国にしたいと思わせてくれるような理想郷だった」と振り返る。
それまでのブラジル映画は、70年代の軍事独裁政権時代にあまり目を向けてこなかったのではないか、と感じたサレス監督は、過去に目を向ける必要性を実感する。
サレス監督が本作の映画化企画を進める中、ブラジルでは2019年に「ブラジルのトランプ」と呼ばれる元軍人のジャイール・ボルソナーロが大統領に就任。極右勢力のボルソナーロは、銃規制を緩和し、差別的発言を繰り返し、ブラジルではタブーとされてきた軍事独裁政権を賛美するなど、極右思想が拡大していった。

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