「都会が好きだったので、都会の医学部に行きたいとずっと思っていました。東京か関西の医学部を第1志望にしたいと思っていましたが、金銭的に私立大学の医学部に行く選択肢はありませんでした。それで『はんだい』を第1志望にしようと思って、高3の始めに志望校を書く欄に『第1志望:阪神大学医学部』って書いたんです。
そしたら『お前、阪神大学なんかないぞ』と友達に笑われて、先生にも笑われたのを今でも覚えています。そんな感じだったので将来のことはあまり考えてなくて、受験についてまじめに取り組んでなかったから、当時の成績を全然覚えていないんですよね(笑)」
誘惑に負けてバスケや麻雀…挙句に素行不良で退寮に
こうして駿台予備学校の京都校に入って浪人する決断をした石戸さん。彼は現役のときから浪人をするものだと思っていたそうです。浪人を決めた理由は、「医学部に行きたいけど、実力が届いてないからそれしかない」という感じでした。
しかし、1浪目は寮生だったこともあり、毎日夜中に麻雀をする生活を送ってしまい、成績は「現役のときから比べるとむしろ落ちた」といいます。
「初めての寮生活で友達もたくさんできたので、すぐに誘惑に負けてバスケットボールをしたり、麻雀をして遊んでいました。また、都会生活も初めてだったので、テンションが上がり、京都の街によく繰り出していました。夜は友達を自分の部屋に誘って騒いでいましたね。そんなことをやっていたので素行不良で11月に退寮になり、駿台にも通えなくなったんです。
どこも行くあてがなく岡山高校時代の先生に相談すると、『お前はどうせひとりじゃ勉強しないし、このままひとりでやると腐ってしまうから毎日学校に勉強しに来い』と言ってくれて、学校で勉強を見てもらえることになりました。当時学校では浪人生を受け入れる制度はなかったので、受け入れてくれた先生と母校には今でもすごく感謝しています」
しかし、この年も合格からは遠く、私立大学は同志社大学理工学部、前期試験は愛媛大学の医学部、後期試験は東京医科歯科大学の歯学部を受験するもまったく点数が足りずに不合格となります。
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