尼崎と宝塚結ぶ「幻の鉄道」なぜ実現しなかったか 兵庫県道「尼宝線」実は線路の予定地、今も残る跡

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経営統合から9年が過ぎた2015年12月、私は阪神バスを乗り継ぎながら兵庫県道42号を見て回った。道路の脇には「尼宝線 Amaho sen Ave.」と記された標識が随所に立っている。かつては「にほうせん」と呼ばれていたらしいが、現在は「あまほうせん」だ。

鉄道用地や道路用地では周辺の土地との境界を示す境界標を設置することが多く、ほかの用地に転用後も境界標が抜き取られず残っていることがままある。尼宝電鉄の境界標は見つけられなかったが、阪国バスのものとおぼしき境界標は伊丹市内の西野停留所の近くで見つけることができた。ただし境界標の下部が埋まっていて、標に刻まれた文字は頭文字の「阪」しか確認できなかったが。

阪国バス 境界標
西野停留所の近くに埋まっていた境界標。一般道化する前の専用道でバスを運行していた阪国バスの境界標とみられる(筆者撮影)

鉄道計画の名残り「2車線」は残りわずか

尼宝電鉄の路盤は複線で建設され、専用道も複線の幅を生かした2車線だった。しかし私が訪ねたときは4車線化が進んでおり、2車線のまま残っていた部分も大半は4車線化工事の真っ最中だった。現在は阪急神戸本線との立体交差部のみ2車線のまま残っているが、ここも昨年2024年から4車線化工事が本格化している。鉄道用地や専用道の名残が完全に消え去るのもそう遠くない。

阪急バス
阪神尼崎駅の北側にあるバスターミナルで発車を待つ阪急バス。同社も伊丹線の旧計画に沿うようにして阪急塚口―阪神尼崎間を結ぶバスを運行している(筆者撮影)
【地図と写真をもう一度見る】幻に終わった「尼宝電鉄」の線路用地は兵庫県道42号「尼宝線」に。ルートは阪神バスでたどることができる

経営統合から20年近くが過ぎ、不動産など一部は関係会社の合併も行われている。その一方、鉄道とバスは阪神系と阪急系が併存し、合併の動きも見られない。経営統合のきっかけがきっかけだったし、両社の歴史や社風の違いを考えると完全な統合は今後もないのかもしれない。

しかし近年のバス運転手不足の深刻化を考えると、そう遠くない時期に阪神バスと阪急バスの「あり方」が検討されるようになるのではないか。そのとき「阪急の領域に乗り入れる阪神バス」がどうなるのか、気になるところだ。

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草町 義和 鉄道プレスネット 記者

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くさまち よしかず / Yoshikazu Kusamachi

1969年新潟県南魚沼市生まれ。鉄道ニュースサイト『鉄道プレスネット』を運営する鉄道プレスネットワーク所属。鉄道誌『鉄道ファン』『鉄道ジャーナル』などでも記事を執筆。著書に『鉄道計画は変わる。』など。

 

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