言葉が出ない・話が理解できない…患者数50万人の《失語症》脳卒中の後遺症で名前すら言えなかった男性(65)が"歌の力"で言葉を取り戻すまで
倉谷さんは入院中は毎朝1時間半ほど、病棟の食堂に置いてある新聞4紙の記事の見出しをチェックしながら過ごした。短文なら理解できたからだ。だが、5カ月経っても言葉がうまく発音できない。特に自分の名前が言えなかった。
そんなとき、看護師から「言葉が出てこない人でも、歌えるらしいですよ。歌うと気分もよくなりますよね」とアドバイスを受けた。
「そこで、インターネットを見ながら歌詞を紙に書いて、それを見ながら歌えばリハビリになるのではと、ひらめいたんです」(倉谷さん)
さっそく医師に提案したところ、確立した治療法ではないため、「自主トレなら」と許可が下りた。そこでNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「ちゅらさん」の主題歌で、Kiroroが歌う「ベストフレンド」で自主トレを始めた。この曲を選んだのは、応援歌のような歌詞がそのときの倉谷さんの心境にぴったりだったからだ。
音読のリハビリテーションをしたが…
倉谷さんは当時、毎日のように言語聴覚士の指導で発音や音読のリハビリテーションを受けていた。言語聴覚士はコミュニケーションや読み書き、食べ物を飲み込む機能に障害が出た人に対し、リハビリテーションなどで回復をサポートする。
だが、なかなかうまくいかず苦労していた。特に、パタカラのパ行、タ行、カ行、ラ行や、ガギグゲゴという濁音の発音は難しかった。倉谷さんが自分の名前を言えなかったのは、「ク」「ラ」「タ」の発音が含まれていたからだ。
「ところが、メロディーに乗せて歌詞を読むと、スッと頭の中に入ってきて、言葉を発しやすいことを体感しました」と倉谷さんは振り返る。
退院後、本格的に自主トレを始めた。最初はインターネットを見ながら麻痺のない左手で歌詞を書き出し、それを読み上げたあと、カラオケで歌った。だが、うまくいかない。
そこで、スマートフォンで自身の歌を録音し、再生しながら発音や抑揚をチェック、赤ペンで書き込むことを繰り返した。
公園で自主トレを続けて1カ月半経ち、ようやく一番難しかった歌詞が歌えるようになった。クリスマスが近かったので、入院中にお世話になった人に動画を送ると、「すばらしいです!」と返信が届いた。ここで倉谷さんは「自信がついた」と言う。
古い知り合いからの提案もあり、YouTubeでの配信も始めた。10日間で1曲ずつ歌えるようになることを目標に動画を投稿した。ほかのSNSにも投稿すると「いいね!」が付くようになり、大きな励みになったという。

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