よそ行きの服を着て去っていった母…《朝ドラ あんぱん》モデルの「やなせたかし」が幼少期に経験した"母との別れ"
やなせと同じような経験をした人物が、誰もが知る偉人のなかにいる。科学者のアイザック・ニュートンである。
父はニュートンが生まれる3カ月前に死去。母はニュートンが3歳のとき、再婚相手の富裕な牧師バーナバス・スミスのもとへ去っていった。
残されたニュートンは祖母のもとで育てられた。少年時代、遊び友達だったという女性は当時のニュートンをこう回想している。
「いつも陰気で、口数が少なく、考えこんでいるような少年だった。外で男の子たちと馬鹿らしいことをして遊ぶことはほとんどなかった」
ニュートンは母を奪った相手を憎悪した。スミスが牧師を務める教会がちょうど家から見えたので、尖塔を睨みつけて過ごしたと言われている。
大学1年生のとき、ニュートンは宗教に目覚めて、懺悔のリストを作成。そこには、次のような項目が並んでいた。
「誰かが死ねばよいと思ったこと」
戻ってこない母に思ったこと
だが、母の再婚を知って自分の置かれた状況を悟ってもなお、母を恨む気持ちにはなれなかったという。むしろ、母が悪くいわれるたび、ひそかに唇を嚙んでいた。
「お節介にも母の悪口を聞かせる人が周囲にはたくさんいました。ボクは黙ってうつむいていましたが、心の中では一生けんめい母の味方をしていました」
母とは、何も恐ろしかった思い出ばかりではない。芝居や映画が好きだった母は、やなせをつれて、夜に一緒に出かけることもたびたびあったという。
後年、やなせがこんなふうに少年時代を振り返ったのは、映画好きの母のおかげもあったのではないだろうか。
「自分の好きな絵を見ても涙がこぼれ、本を読んでも心の底から感動し、映画を見れば、主人公と自分とがかさなりあい、なんにもできないのに、なんでもできると思いこんでいた少年の日はすばらしい」
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