日本の大学入試改革は、なぜ迷走するのか

具体性のない「マジックワード」は危ない

このアクティブラーニングを、教育改革のひとつのシンボルとして全国的に展開するようだが、全国津々浦々の学校に行きわたる公教育でそれが本当に可能なのかも考えてほしい。教える側となる教職員の研修には莫大な時間と労力がかかるだろうし、学校にはいろいろなタイプの生徒がいる。

学習習慣がついている学生ばかりではない

高校での1コマの授業は大体45分。一般的なクラスサイズは40人くらいである。1人1分話せば授業は終わる。学習習慣がついていない子はどうだろう。能動的に話をしている勉強熱心な生徒の発言をわかったような顔で聞いていればやり過ごせるが、もちろん自分で勉強しないかぎり、知識や技能などは定着しない(私もオックスフォードで予習が足りない授業のときはそうなった……)。

そして、これが前述の「大学での補習」につながるのだ。このような教育は、一部の生徒には効果を発揮するだろう。しかし、知識や技能が定着したうえで思考力を基に論を組み立てることができる生徒が全国にどのくらいいるのだろうか? やった気になる勉強ほど危ないものはない。公教育の役割というものを、もう一度考え直さなければならない。

一見、すばらしい理念は、マジックワードの魔法によって、現実的な問題点を見えなくしてしまう。マジックワードにはくれぐれも注意しなければならない。戦後、助走を始め、見事に欧米へのキャッチアップを達成した日本の教育は、1980年代に個性や想像力、主体性、生きる力という新たな学力観を求めて離陸した。しかし、いつの間にかそれは飛躍ではなくなっていた。今の教育改革論議から受けるのは、ただ、地に足がついていないという印象である。社会は過去の積み重ねを基に進化していくが、子どもたちはその積み重ねなど知らずに生まれてくる。子どもたちが受け取るのは、その時代の教育だけだということを忘れてはならない。

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