韓国語の「辛い」は約20種!言葉の解像度の地域差 フィンランドの「雪」は約40種、日本語に多いのは?
そこへ人が後から現れ、ある日「あの生き物(厳密にいえばあそこからあそこまでの範囲の生き物)はネコという名前にしよう」と決定したことで、そこからはじめて「ネコ」という存在になり、他の動物やモノと分別されたということです。
ソシュールの考えは、私たちが使っている言語に先だって世の事象があるのではなく、言葉で名前を付けることではじめて存在が浮かび上がり、意味が生まれるということ。つまり、言葉によって世界ができているということなのです。
「オオカミ」の一部が人間に馴染むと、その一部は「イヌ」と呼ばれるようになり、「オオカミ」とは区別されます。
言葉とは他の言葉との「差異」により規定される。言語は、「差異の体系」であり、言葉と言葉の違いこそが意味の差異を生み出しているとソシュールはいいました。
言葉と言葉の微妙な差異を理解して、使いこなす力。それが言語化力のベースです。ネット社会では、言葉の使い方ひとつで運命が天と地に分かれることはしばしばあります。語彙力が低く言葉を正しく構成できない人は、ビジネスシーンでも私生活の場でも、精緻で厚みのある会話や文章表現ができません。すなわち言語化力が低い人として生きていかねばならないのです。
「肉」と「meat」は違う
いうまでもなく、Aという文化圏の言葉はBという文化圏の言葉とあらかじめセットになって作られているわけではありません。たとえば、「木」と「wood」は違いますし、「肉」と「meat」もイコールではありません。
「おはよう」と「good morning」は一式のセットではないですし、意味も同じではありません。日本語の「お早いですね、ご苦労様です」と、英語の「今日も素晴らしい朝ですね」というニュアンスは違いますし、そもそも言葉としての成り立ちが違います。「どちらも朝の挨拶として使われているから」と同じ組に分類して並べているだけで、それぞれの言語圏、それぞれの歴史の中で、互いに干渉することなく使われ続けてきたまったく別の言葉です。
言語を学ぶには、その背景にある文化までを含めて理解をすることが重要です。
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