過熱する「フジのアナ報道」鵜呑みにする"危うさ" 世間のイメージとのギャップに局アナたちも苦悩

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まず、私たちはフジテレビのアナウンサーに関する記事をどのように受け止めればいいのか。

今回の騒動が報じられる以前から、フジテレビに限らず、特に女性アナウンサーに関する記事はネットメディアの定番コンテンツとなっていました。

その内容は、番組出演時などのコメント、SNSへの投稿、さらにインタビュー、ファッションチェック、プライベートのスクープなど多彩なラインナップ。筆者に女性アナウンサーに関する執筆やコメントの依頼が多いことを踏まえても、「一定以上の数字が獲れる」という理由からネットメディアが積極的に扱ってきたことは間違いないでしょう。

さらに現在は、フジテレビの疑惑と危機的状況が重なったことで注目度が飛躍的にアップ。「今、フジテレビのアナウンサーに関する記事をアップすれば通常以上に数字が獲れる」ため、ネットメディアがビジネスのために1本でも多くの記事をアップしようとしています。

中には真偽不明なもの、関連付けるにはかなり古いもの、取り上げる必然性のないものも多いだけに、私たちは何にでも食いつくのではなく、逆に見ないことで、過剰かつ無用な報道を抑制していきたいところ。フジテレビの疑惑や問題を適切に判断し、改善していくうえで、現在のアナウンサーを取り巻く記事の多さはマイナスでしかないように見えるのです。

アナウンサーをめぐる過剰な報道は、本人たちにとって「今は耐えるしかない」という苦しいものなのでしょう。実際に数人のアナウンサーから、現在の苦しい状況を「真摯に受け止めています」と自戒するような声を聞きました。

一方で週刊誌やネットメディアに対する恨み節のようなものはなく、「自社に何らかの問題があることをわかっていて受け止めざるをえない」という心境が伝わってきます。

カメラなしでも「見られる」難しさ

そもそも大半のアナウンサーが報道・情報番組に出演しているため、今回の騒動に対する問題意識は高く、筆者が知る限り「できるだけ隠したい」「嘘をついておこう」などのニュアンスはほとんど感じられません。

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