理系出身の彼女が「ひな人形」の家業を継いだ理由 埼玉県川越市「春蔵」 キャリアの先に描いた夢
転職活動では、「ゆくゆくは家業を継ごうと考えているが、営業スキルを学ばせてほしい」と正直に話していたという。「若手がそんなことを面接で言うなんて、おこがましいとも思ったのですが、正直に伝えておかなければ転職先に不誠実だと思ったんです」
その後、無事、祐希奈さんの真っすぐな想いを受け入れてくれる会社と巡り合い、テレアポから飛び込み営業まで経験。営業の基本から新規開拓のスキルまで学ぶことができた。
「営業においては、まずお客さまのニーズを知ることが重要だと学びました。今も、『大きなひな人形を飾るスペースがない』といったお客さまの悩みを丁寧にヒアリングしたうえで、自社の商品を絡めた解決策を提案するよう心がけています」
5カ年計画を通じて見えた父と同じ想い
帰省のたび、家業に貢献したい想いや仕事の成果を報告し続けた祐希奈さんだったが、直人さんはなかなか首を縦に振ってくれなかった。
しかし、営業成績が継続的に出せるようになって自信がついてきたある日、ようやく事態は好転する。祐希奈さんが家業の5カ年計画を作成し、意を決して直人さんにプレゼンしたのだ。
「5カ年計画には、今後新規開拓すべき営業先や、そこから見込まれる売上金額の目標などを盛り込みました」。5カ年計画を作成しようと考えたのは、1社目で経営会議を間近で見て、経営陣がどんな要素で意思決定をするのか学んだ経験からだった。
「家業に入りたい」と娘が転職までして学び、作り込んだ5カ年計画は、「父が密かに練っていた家業の構想と重なる部分が多かった」という。直人さんは遂に、祐希奈さんが家業に入ることを認めた。
こうして2022年、祐希奈さんが家業に入ったことを契機に、直人さんの工房に「春蔵」という名前を付け、同時にひな人形ブランド「HARUKURA」を立ち上げた。
以来、試行錯誤を続けながら、春蔵だからできること、春蔵しかできないことを探し求めている。「ひな人形を広めたい」という父娘の夢は、今も発展途上だ。
【関連記事】「花のように飾れるおひな様」伝統と革新のかたち
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら