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戦国最強「武田信玄」天下取れなかった地理的要因 地理的視点でみると、ある事情が浮かび上がる

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  • 宇野 仙 駿台予備校地理科講師
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一方で、天下統一の一歩手前まで行けた織田信長の領地の農業生産性は、とても高かったと言われています。信長の領地は水運にも恵まれて、経済的にも発展していたことを考えると、信玄の領地の状況とは対照的です。

そんな武田信玄といえば、信玄堤が有名です。信玄堤とは、武田信玄が甲府盆地北西につくった大規模な堤防です。連続した堤防ではなく、複数の堤防を重ね合わせるなど、当時としては斬新な設計でした。

この信玄堤をはじめとして、武田信玄は土木工事に非常に力を入れていたと言われています。なぜ武田信玄が土木工事を推進していたのかというと、やはり、農地に適した土地が少ないため、経済的な困窮を余儀なくされていたからだと思われます。土木工事を行うことで、武田信玄は農業生産性をなんとか上げようとしていた、という説が濃厚です。

度重なる増税で領民の逃亡招く

当然戦いにも莫大なお金が必要になります。武田信玄はたびたび増税を行い、軍資金を確保していました。減税を行って経済を回そうとしていた織田信長とはこれまた対照的ですが、領地の状況を考えれば仕方がないことでした。

しかも、武田信玄による増税は、領民の逃亡を招いてしまったとも言われています。このように、武田信玄は、自身の領地に大きなハンディキャップを抱えていたことがわかります。「武田信玄は強かったのになぜ天下を取れなかったのか」を考えると、地理的な要因が浮かび上がるわけです。

逆に、織田信長はどうして天下統一一歩手前まで行けたのでしょうか?面白いことに、「戦国の3英雄」、つまり天下統一直前まで行った織田信長と、天下人になった豊臣秀吉と、徳川幕府を開いた徳川家康の3人は、1つ共通点があります。

それは、全員が現在の愛知県にルーツを持っているということです。さまざまな戦国武将によって戦乱が繰り返されていたこの時期、誰が天下を取ってもおかしくない状況でした。しかしなぜ、この地域に天下人が集中しているのでしょうか?

結論から言うと、愛知県は陸の交通・海運の要所で、経済が発展しやすい地域だったということが考えられます。

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