ニューヨークの死体調査官が目撃した悲惨な現場 「死体と話す NY死体調査官が見た5000の死」

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(写真:rmbarricarte/PIXTA)
NETFLIXドラマ「殺人事件ファイル:ニューヨーク」の原案となった死体調査官・バーバラ・ブッチャーによるノンフィクション『死体と話す NY死体調査官が見た5000の死』(河出書房新社)が反響を呼んでいる。
著者は2015年までの23年間、ニューヨーク市検視局に死体調査官(法医学調査官)として勤務。この間、殺人事件680人を含む5000人以上の死体を調査し、二重殺人、陰惨な自殺、未成年者のレイプ殺人など、さまざまな死因の調査に携わった。
著者が死体調査官となったきっかけは、自身のアルコール依存症。治療のために行った職業訓練で死体調査官という仕事に出会う。業務内容は、医学的知識のほか、調査や法医学の知識とスキルを持って現場検証を行い、死に至った原因を探ること。
シリアルキラー、孤独死、自殺、そして9・11——…アメリカで起こった数々の凶悪事件に立ち会った著者ならではの克明な記録『死体と話す NY死体調査官が見た5000の死』より、第11章「殺す者と殺される者」全文を特別に公開。
※文中に登場するミスター・ウエルズは本書の語り手であるバーバラ・ブッチャーが懇意な運転手、ドクター・ハーシュは敬愛する医師。

「殺す者と殺される者」

1997年9月、わたしはイースト・ハーレムにある公営住宅団地〈ジョージ・ワシントン・ハウス〉へ向かった。季節は夏から秋へと移り変わろうとしていて、その日の午後の気温は24度で、さわやかな天気だった。ちょうど自然死の案件を終えたところで、これから調査しようとしている事件についてほとんど何も知らなかった──知っていたのは、建物の最上階の階段の踊り場で火事が起きたと、住人が911に通報したことだけだった。現場に駆けつけた消防士のフレッド・ジヴィニスが火を消したのだが、最初はゴミが燃えたのだと思ったという。

ミスター・ウエルズの車で現場に向かい、消防車の近くに車を停めた。それからゴミが散乱する小道を歩いて目指す住所に到着した。現場となった建物は、公営住宅団地を形成する、同じような建物が立ち並ぶ迷宮のような敷地の中にあった。管理人の呼び鈴を鳴らして、入口のドアにあるオートロックの番号を適当に押したあと、ロックが壊れていることに気づいた。ミスター・ウエルズが腕でわたしを後ろに押しやり、ドアを開けた。

「待った。先にわたしが中を見よう」

彼は、弱者をねらう強盗が潜んでいるのではないかと警戒しながら、緑のタイルが敷かれた薄暗いロビーをのぞきこんだ。あたりを見まわしてから、わたしに中に入るよう促した。

わたしは彼の目を見た。「ありがとう、ミスター・ウエルズ」。彼はうなずいた。

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