ニューヨークの死体調査官が目撃した悲惨な現場 「死体と話す NY死体調査官が見た5000の死」
わたしたちはエレベーター──一部の住人たちから〝移動便所〟と呼ばれている──に乗って15階で降りた。長い廊下は蛍光灯の明かりで薄暗い黄褐色に照らされていたが、蛍光灯のうちの半分は電球が切れ、残りはジージーと音を立てたり、点滅したりしていた。ミスター・ウエルズは警官のところまでわたしに付き添ったあと、車へ戻った。わたしは短い階段を上り、屋上に突出している塔屋にたどり着いた。
目の前の無残な光景にはっと息をのんだ。ちょっと目をそらして、心を落ちつかせるためにできることをやった。焼けただれた身体は身の毛がよだつほど恐ろしく、人間の形をゆがめたエイリアンみたいだった。燃えて破壊された人間は醜悪で恐ろしく、この種の死体を見ると心がひるむ。このような凄惨さには絶対に慣れないだろう。自分の中の人間らしさを保ちたいなら、なおさら無理だ。わたしは背筋を伸ばして仕事に取りかかった。タフにならなければ。
わたしは現場を見た。思春期頃の少女が軽量ブロックの壁に半ば寄りかかるように崩れている。小柄な身体はねじれ、燃えた部位がまばらに黒焦げになり煤がついていた。熱で筋肉が焼かれ、四肢が縮まりねじ曲げられる前に、この哀れな少女が座っていた場所が白く浮き出て、それを囲むようにして黒い煤が広がっていた。彼女の片足は焼け落ちていた。
殺人事件の可能性あり
煙くさい空気のにおいをかぐと、石油のツンとするにおいが喉に広がるのを感じた。燃焼促進剤のにおいだ。険しい表情を浮かべた刑事が、窓敷居の上にあるライター用の液体燃料の容器に目をやってうなずいた。がらんとした小部屋、壁は軽量ブロックがむき出しになっていて、セメントの床はほこりだらけだ。油ぎった灰色の窓が一つ。溶けたプラスチックのかさがかかった裸電球が天井からぶら下がり、薄暗い明かりが崩れた身体をかろうじて照らしていた。
いつものあいさつはなかった。いい天気だねといった声がけもない。ヤンキースやメッツの話題も出ない。「ハーイ、バーブ、調子はどう?」とすら訊かれなかった。主任刑事からの簡単な報告だけだった。「女性、身元不詳、18歳ぐらい。隣人から911に通報があり、その後消防隊が燃えている遺体を発見。殺人事件の可能性あり」
消防士が端に立ち、床に倒れている少女に当たらないよう注意しながらホースを巻いた。顔を壁に向けたまま、肩に口を押し当てて咳をしていた。鑑識班の刑事たちが到着すると、証拠を探すために照明を設置して部屋を明るく照らした。巡査は現場にテープを張り巡らせて立ち入り禁止にし、階段のドアのところに警官が立った。全員が黙々と作業した。
小さな遺体の損傷と、ほこりっぽくてがらんとした部屋の写真を撮り、火傷していない太ももについた奇妙な格子状の跡に首をかしげた。焼けただれた顔は不気味な笑みをたたえたまま固まり、上下の唇がめくれて並びの良い白い歯がむき出しになっている。燃焼によってできるアーティファクト。つまり身体が燃えた影響で、検視者の誤解を招くようなものが見つかったり、外見が変化したりする現象だ。高熱で筋肉や腱から水分が奪われ、収縮して硬くなる。少女の四肢はねじれて曲がり、背中は丸まっていた。両手を固く握りしめ、両腕は上方に湾曲し、両膝は曲がっていた──まるで戦っているように見えるため、〝ボクサー姿勢〟と呼ばれている。だがこの子は戦わなかった。勝ち目もなかった。
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