難民危機が覆い隠す欧州移民問題の真実 感情に流されず合理的に考えるべきだ

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ところが、職を求め新たな生活を築こうとして欧州諸国の国境を越える人々は、大多数が「難民」ではない。

英国は、2014年の自国への入国者数が出国者数を約30万人上回り「憂慮すべき」事態だと言うが、新参者の大多数は、ポーランド、ルーマニア、ブルガリアなど、他のEU(欧州連合)諸国出身だ。

多くの人々が、EU内外からやってくる経済移民のほとんどは貧しい人たちだと思い込んでいる。実際には彼らの大多数はたかり屋ではない。仕事を求めているのだ。

受け入れ国にとって利益となるのは明白だ。多くの場合、経済移民はもともといる国民より少ない報酬でよく働く。確かにこれは、誰にとっても利益になるわけではない。安い労働力の利点を指摘したところで、自分の賃金が下がると恐れる人々は納得しない。

同情の温かさと怖さ

それはともかく、経済移民の受け入れよりは、難民に対する同情に訴えることのほうが容易だ。これはドイツにも当てはまる。

ドイツでは2000年に当時のシュレーダー首相が、約2万人の外国人ハイテク専門家に労働ビザを発給しようとした(ほとんどインド人)。ドイツではこの分野の需要が高かったが、直ちに反対の声が上がった。ある政治家は、「インド人ではなく子どもが必要だ」とブチ上げた。

少子化傾向にある国々は、自国民ができないか、やりたがらない仕事の需要を満たすため、若いエネルギーとスキルを持つ移民を必要としている。だがEUには移民についての首尾一貫した政策がない。EU加盟国の国民は、EU内を自由に移動できる。非加盟国からの経済移民は、管理体制を整えさえすれば、合理的であり必要不可欠でもある。

しかし容易な道ではないだろう。ほとんどの人々は、合理的な自己利益を冷静に計算して動くというより、感情に流される傾向がある。感情は状況次第で、大量殺戮(さつりく)を引き起こすこともあれば、温かい思いやりの心を生むこともある。

週刊東洋経済9月26日号

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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