暴力・歴史・苦痛をひもとくノーベル賞作家の視点 ハン・ガン、個人の記憶・苦痛を探究し文壇揺るがす

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「わたしの手に血が付いていた。私の口にも。あの納屋で、わたしは落ちていた肉の塊を拾って食べたのよ。わたしの歯ぐきと上あごにくにゃっとやわらかい生肉をこすって赤い血を塗ったから。納屋の床、血だまりに映ったわたしの目が光っていたわ」(『菜食主義者』きむ・ふな訳、CUON、21~22ページ)

 

ハン・ガンを世界的作家の地位に押し上げた小説『菜食主義者』(2007年)の一節だ。主人公「ヨンヘ」は家父長的暴力と抑圧から抜け出し、植物への変身を熱望する人物だ。

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1994年、ソウル新聞に掲載されたハン・ガンの作品『赤い錨』。当時は「ハン・ガンヒョン」というペンネームを使っていた(写真・ソウル新聞)

前述の一文はヨンヘが見た夢を描写したものだ。ハン・ガンは小説で活字のイタリック体を多く使用するのだが、これが本格的に活用され始めたのも「菜食主義者」からだ。人間の苦痛と病とは、結局、何かしらの暴力の結果であろう。ハン・ガンはそんな暴力のイメージを詩的な文章で巧みに描き出した。ならば、暴力はいかに再現されるのか。ハン・ガンは内面で歴史に目を向ける。

「あなたが死んだ後、葬式ができず、/あなたを見た私の目が私怨になりました。/あなたの声を聞いた私の耳が私怨になりました。/あなたの息を吸い込んだ肺が私怨になりました」

暴力の中での果てしない愛を描く

今回、スウェーデン・アカデミーの審査評でも重要な要素として言及された作品『少年が来る』(2014年)の一場面だ。

1980年の光州民主化運動(光州事件)の問題を正面から扱ったこの小説は、『菜食主義者』とともにハン・ガンを代表する作品でもある。

イタリアの権威ある文学賞「マラパルテ賞」、スペインのサンクレメンテ文学賞を受賞し、アイルランドのダブリン文学賞、ドイツのリベラトゥール賞の候補に上がるなど、ハン・ガンの小説の中で国際的に最もよく知られた作品でもある。一部ではハン・ガンの「真の代表作」とも評価される小説だ。

「凝り固まった愛が皮膚を焼いて染み込んだのを覚えている。骨髄に刺さって心臓が縮むような……。その時わかった。愛がどれほど恐ろしい苦痛なのか」

 

『別れを告げない』(2021年)の一説である。もう一つの韓国現代史の悲劇である1948年の済州島4・3事件で再び歴史問題を喚起したハン・ガンは、おぞましい暴力の中でも果てしない愛の物語を描き出した。

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