中国で「沖縄特区」論、強まる沖縄への不穏な動き 日本政府と沖縄の離間が狙い?不毛な沖縄認識

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上記のように沖縄県の地位と帰属をめぐり、蔣氏は今日の沖縄県をめぐる統治の枠組みと法的地位を明確に否認している。彼は中国社会科学院日本研究所という政府の公的機関に属し、中国を代表する有力な日本研究者であることから、そこで謳われた「自治の意義をもつ特別区」の創設は、本論文が公刊された2024年9月時点における中国国内の半公式的な政治言説のひとつの到達点とみることができるだろう。

ちぐはぐで混乱している中国の沖縄認識

もっとも、「高度な自治権」を有するはずの香港特別行政区で民主主義と基本的人権の拡充を求める香港市民の政治運動を抑圧した中国政府のやり方を思い起こすならば、蔣氏の言葉は虚しく聞こえる。加えて、蔣氏の沖縄社会への認識や、それに基づく人権と平和をめぐる議論の中身は中国共産党的な認識フィルターの影響により、相当に混乱している。

例えば、2023年6月に琉球新報が行った沖縄県民への世論調査について、蔣氏は恣意的な解釈と計算に基づき、琉球諸島の住民のうち、「沖縄人」を自認し、かつ先祖も「沖縄人」と考える約24万人の人びとを「琉球原住民」と指定している。そして、この「琉球原住民」こそ、「琉球諸島に対する歴史的主権を真に有する24万人であり、その主権意識は当然にも尊重されるべき」と述べる。

日本政府と米軍に対する沖縄県民の自己決定権を強調する一方、約147万人(2023年10月時点)を数える沖縄住民の約8割以上は、主権者としての権利を認められない。反面、この「歴史的主権」の考えによれば、チベットや新疆ウイグルの少数民族地域はもとより、台湾住民もまた、大陸本土の漢民族に対する自主自決の優越権をもつことが正当化されるだろう。

また、日本政府の対沖縄・対中国政策を批判する一節のなかで、蔣氏は次のようにも記している。

米軍基地に常に隣接していることによって沖縄の民衆が感得するだろう、将来起こるかもしれない戦争に対する恐怖心理を軽減するため、日本政府はこともあろうに、20万人の死者(うち沖縄人は9万人あまり)をもたらした沖縄戦を利用して(後述の愛国主義・軍国主義発揚を目的とした)キャンペーンを大いに繰り広げている。日本政府は、沖縄本島に多数ある戦争遺跡を「愛国主義」教育基地に作り替え、日本軍国主義の亡霊を呼び戻すために、「天皇の国」のためにその身をささげるべく「愛国精神」を宣揚している。同時に、いわゆる『沖縄平和祈念公園』では、平和の名にもとに戦争の性質を曖昧にし、米国への憤懣の感情を沖縄人民に放棄させるために、すこぶる効果のある活動を実施している。

これが、国籍や軍人・民間人の区別なく、すべての沖縄戦の犠牲者を追悼する慰霊碑である「平和の礎(いしじ)」の立つ沖縄県営平和祈念公園に対する蔣氏の認識である。沖縄戦をめぐる歴史・平和教育に対する沖縄の人びとの熱意を少しでも知る者にとっては、まことに理解に苦しむ記述である。

だが、中国政治を知る者にとっては、蔣氏の言葉が①今日、習近平指導部が中国国内で強力に推進している愛国主義教育キャンペーンの描写にほかならないこと、②自分たちが自国で行っている政治の認識枠組みを分析対象に無自覚に投影しがちな中国共産党の政治家や官僚に共通した知的弱点の表れであることは容易に推察できる。こうした人物が主張する「自治の意義をもつ特別区」、すなわち「沖縄特区」論の真実性も推して知るべしだろう。

鈴木 隆 大東文化大学教授

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すずき たかし / Takashi Suzuki

慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程退学、博士(法学)。財団法人日本国際問題研究所研究員、愛知県立大学講師・准教授などを経て、2023年4月より現職。主著に『中国共産党の支配と権力:党と新興の社会経済エリート』(慶應義塾大学出版会、2012年)。『最高実力者 習近平:支配体制と指導者の実像』(東京大学出版会、2024年度近刊)。

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