紙燭(しそく)を持ってこさせて姫宮の返事を見てみると、筆跡も未だにひどく幼いが、きれいに書いていて、
「お気の毒なことと聞いておりますが、どうしてお見舞いできましょう。ただお察しするばかりです。お歌に『思ひのなほや残らむ』とありますが、
立ち添ひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙(けぶり)くらべに
(私もいっしょに煙となって消えてしまいたい。情けない身を嘆く思い──思”ひ”の火に乱れる煙は、あなたとどちらが激しいか比べるためにも)
私も後れはとりません」とだけあるのを、督の君は、しみじみともったいなく思う。
死んだ後のことまで気掛かり
「いやもう、この『煙くらべに』とのお言葉だけが、私にとってこの世の思い出なのだろう。思えばはかないご縁だった」と、いよいよ激しく泣き、返事を、横になったまま筆を休め休め書き綴る。言葉もとぎれとぎれに、おかしな鳥の足跡のような字で、
「行方(ゆくへ)なき空の煙(けぶり)となりぬとも思ふあたりを立ちは離れじ
(行方のわからない空の煙となってしまっても、私のたましいは恋しく思うあなたのそばを立ち離れることはありません)
夕暮れはとりわけ、空を眺めてください。お見咎めになるお方のことも、今はもうご心配なさらずに、死んでしまってはその甲斐もないのですが、それでもあわれな者だった、といつまでもお心を掛けてください」などと乱れた字で書いているうちに、ますます気分が悪くなってきて、「もういい。あまり夜が更けないうちに帰って、こうしてもう最期のようだと姫宮に伝えてくれ。今になって人があれこれ思い合わせて不審に思うかもしれないが、死んだ後のことまで気掛かりだとは情けない。いったいどういう前世の因縁で、こんなにも姫宮のことが心に染みついたのか」と、泣く泣く病床に入る。いつもならいつまでも前に座らせて、たわいもない無駄話までさせようとするのに、こんなに言葉少なになってしまったと思うと悲しくなって、小侍従は帰る気にもなれない。
督の君の容体を乳母(めのと)も小侍従に話して聞かせ、ひどく泣いてうろたえている。父大臣の嘆きもただならぬものがある。
「昨日今日は多少はよくなったのに、どうしてこうも弱々しくなってしまったのか」と騒いでいる。
「いえ、もう、やはり生き長らえるのは無理なのでしょう」と督の君は言い、みずからも泣いている。
次の話を読む:9月15日14時配信予定
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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