対するアリの頭にまず浮かぶのは、「失敗したときにどうしよう」というシナリオです。とにかく失敗を避けるために、十分な根回しをし、失敗したときの言い訳を初めから考えておく必要があるのです。
アリは「他社事例」で責任回避したい
冒頭の会話に出てきた、「他社事例」が新しいサービスを提案するときですら必要になる大きな理由がここにあります。
自分たちがオリジナルで考えたアイデアならば、失敗したら責任はすべて自分たちに降りかかってきますが、「他社事例」を踏襲したものであれば、言い訳ができます。しかもそれが「有名な同業他社」であればなおさらです。「A社と同様にやったのだけれど、あのA社でさえ失敗したのだから、わが社でうまくいかなかったのは仕方がない……」という理屈です。
過去に積み重ねた前例の踏襲も、同じ効果があります。「前例にない」ことをやって失敗すれば、明らかに発案者の責任になりますが、前と同じことをやって失敗したのなら「運が悪かった」と考えることもできるからです。このあたりにも、過去のストック重視のアリと未来をにらんだキリギリスの発想の違いが現れます。
過去のストックを重視するアリが重要視するのは、実績の積み重ねの大きさです。ですから当然、「聞いたこともない小さな会社」の事例を気にとめることはありません。内容ではなく、あくまでも「過去の実績」があって、「有名」で「大きい」ものがよいというのがアリの価値観です。それは「中身」がよいとか悪いとか、将来性があるとかないといったことでは、簡単には揺るがないのです。だから、アリを説得するには、まずビッグネームの事例が必要となります。
もうひとつ、アリ型思考とキリギリス型思考の大きな視点の違いは、具体的なものだけが重要と考えるアリに対して、抽象とセットになった具体的なものにこそ意味があると考えるキリギリス――という対立の構図です。
「データを示せ」というのも自己矛盾
「目に見える実行がすべて」のアリは、抽象的なアイデアやコンセプトには何の興味もなく、むしろそれらは「机上の空論」ということで、軽蔑の対象にすらなります。
だから新しいアイデアの提案にも、必要なのは「実際に導入し、しかも成功した事例」のみということになります。ただ、これが前述のとおり自己矛盾であることは、当のアリ自身は、大抵の場合は気づいていません。
対するキリギリスは、イノベーションを「大きな理想やコンセプト」から考えていきます。もちろん具体化した詳細イメージは作りますが、これはあくまでも抽象度の高い理想形とセットで、そのような理想を実現するための手段として明確にイメージすることが必要だと考えます。
したがって、キリギリスのこの場合の「具体例」は、必ずしも過去に実行されたものである必要はありません。しかもその事例は、同じ業界の有名な会社が実行したものであれば、もはや単なる後追いになりますから、もし事例があったとしても、それはまったく縁のなさそうな業界や「聞いたこともない会社」のものでなければならないのです。
同様の理由で、アリは新しいアイデアを認めるための判断材料として「データを示せ」と要求することがありますが、これもまったくの自己矛盾であることは、ここまで述べてきたことからご理解いただけると思います。
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