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親がわかっていない子どもが「心を閉ざす」言葉 よかれと思って言ったことが子を傷つける

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しかし時として、投げあっているうちにボールが入れ替わってしまうことがあります。子どもは白いボールを投げたのに、親は赤や黄色のボールを投げ返してしまう。「何もしないのにぶたれた」というボールに対して、「何もしないのにぶつはずないでしょう」といったボールを投げ返す場合です。

子どもの投げた白いボールはどこへ行ってしまったのでしょう。親から赤いボールが返ってきたら、その子は自分の思いをどこにぶつけられるのでしょう。

親が赤いボールを投げ返してしまうのは、子どもの発言や態度や行動をたしなめたり、助言したり、困りごとや悩みごとを解決してやりたいと思うからです。しかしそれでは、せっかく始まったキャッチボールがまったく違うものになってしまいます。

自分で考えて解決できる子になるために

子育ての究極の目的は、ある意味で、親がいなくても生きられる人間を育てることです。困難に直面したとき、自分の頭で考え、自分の判断にしたがって行動を起こせる人間。そして自分の行動に責任をもち、社会のなかで他者とともに生きていける人間を育てあげることです。

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自立した人間に育つためには、子どもの頃から言葉のコミュニケーションを通して自分の思いを表現し、他者の気持ちを理解し、自分で考える訓練が必要です。意思決定したことに対して責任をとる体験も積んでいかなければなりません。

そこでは、いちばん身近な存在である親が、わが子に対して日常いかに接するかが大きな意味をもってきます。親子が互いに相手の気持ちを理解し、自分の気持ちをきちんと伝えあうことこそが、自立した人間への第一歩です。親が日常の接し方を通して子に体験させ、学ばせることができるのです。

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