ガス計画乱立のフィリピン、問われる日本の責任 環境や漁業への悪影響懸念、日本に中止要請も

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しかし、国際協力銀はAGP社への出資に際して同ガイドラインに基づく環境レビューを実施しなかった。その理由について国際協力銀は、出資は同社に対するものであり、イリハンLNG輸入基地事業に対する出融資要請を受けていないことを、カテゴリーCに分類し、環境レビュー未実施の理由として挙げている。

そのうえで国際協力銀は「AGP社の環境社会配慮への対応状況については面談を通じて報告を受けており、適切な環境社会配慮が確保されていることを定期的に確認している」と、東洋経済の取材に回答している。

なお、漁民が異議申し立て手続きで主張している内容の当否については、「現在、環境ガイドライン担当審査役により調査が行われているところであり、調査結果を踏まえて改めて確認していく」と東洋経済に述べている。

大阪ガスはAGP社への出資について「数十億円のマイノリティ出資である」としたうえで、「当社はAGP社の株主としてプロジェクトの進捗などを確認しているが、基地への出資はしていない」と回答。漁民らの懸念については「詳細を回答する立場にはない」と述べている。なお、AGP社は東洋経済の質問に回答しなかった。

すでに海洋汚染が深刻化、問われる日本の姿勢

イリハンLNG輸入基地が立地する地域は、300種類以上ものサンゴが生息し、「海のアマゾン」とも称される世界屈指の豊かな海洋生態系で知られているヴェルデ島海峡に面している。そのため、ガス火力発電所などからの温排水や水質汚濁による環境影響も懸念されている。

前出のCEEDによる調査では、イリハンLNG輸入基地周辺の海域において、リン酸塩やクロム、鉛などの有害物質が環境天然資源省の水質基準を超えていると指摘されている。2023年2月にはヴェルデ島海峡に近いミンドロ島沖でタンカーが転覆し、産業用燃料油の一部が流出。一時、漁業ができなくなるといった被害が生じた。CEEDのアンジェリカ・ダカナイ氏は「ヴェルデ島海峡の生態系が危機に瀕している」と危惧する。

貴重な動植物が生息するヴェルデ島海峡の海洋生態系(提供:Alvin Simon, CEED/ Protect VIP)

日本政府は経済産業省を中心に、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」構想を進めている。同構想では、LNGやガス火力発電も「脱炭素化」への移行過程における選択肢とされ、官民挙げてのアジア諸国へのインフラ導入が進められようとしている。

しかし、フィリピンの事例を見ても、ガスエネルギープロジェクトの数はあまりにも多く、その進め方には危うさが漂う。石炭火力発電の代替で一時的にCO2排出総量を抑制できたとしても、長期的には脱炭素化の足かせにもなりかねない。

国際協力銀への異議申し立て手続きの結果は6月末から7月初めにも判明するとみられる。フィリピンの地域社会の声にどう向き合うのか。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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