マサチューセッツ工科大学(MIT)を出たのにリクルートはないだろうと言われました--織畠潤一 シーメンス・ジャパン代表取締役社長兼CEO(第1回)


 私もインターンとして湾岸戦争のときにパトリオットミサイルで有名になったレイセオン社の研究所に大学2年生の終わりの夏休みから大学院まで勤めました。

就職に関しても、レイセオンをはじめ、ゼネラル・ダイナミックスやヒューズなどいろいろなところからオファーをもらいました。

ただ、2年生の頃から日本人であるということをかなり意識し始めていましたし、当時の日本はバブルに入る頃で勢いがあったので、日本で就職するのもありかなと。日本企業に入るなら、中途ではなく新卒がいいという知識もありました。

そこで出合ったのがリクルートでした。当時、リクルートは留学生の採用に力を入れ始めていたときで、海外の主要大学を採用担当者の方々が回っていたんですね。私もMITにやって来た担当者の方に「すしでもどうですか?」と誘われたんです。

リクルートと聞いても最初は企業そのものを知りませんでした。社名からして日本の就職情報を持っているかと思い、すし屋についていったわけです。

そこで初めてリクルート自体が留学生を採用するつもりであることを聞き、「来月、社長をはじめ経営トップがロスに来るのでご一緒しませんか」と誘われました。すしの次はロス旅行に釣られたんですね(笑)。

その面談が終わると今度は「冬休みに日本に来ませんか」と日本への里帰り旅行を提案され、日本へ来たらあらゆる手段で絡め取られてしまったというわけです(笑)。

1986年の入社ですが、海外の学部を出た人間という意味では1期生でした。同期は10人くらいいて、プリンストンやカリフォルニア大バークレーといったほかの有名大学を出た人間もいます。MITからは私を筆頭に4人いて、そのうち2人は博士号をとった人間でした。

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