「Netflixストーカー実話」海外と日本で温度差の謎 売れない芸人が主人公「私のトナカイちゃん」

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ガッドはどこまで実話に基づいているのか全てを明らかにしていませんが、この作品はストーカー被害話だけに終わりません。主人公のドニーが心の奥底に葬ったトラウマと向き合う話へと転換していきます。ストーカー女性マーサと歪んだ関係性に陥った背景は、まさにそこにあるのです。4話から一気に明らかになっていきます。

自尊心の低さを露呈する主人公

中身に少々踏み込むので、まだ作品を視聴していない方がここから先を読む場合、ご注意ください。

4話で描かれるエピソードは夢に出てきそうなショッキングな映像です。心理描写まで重くて辛く、生々しく描かれています。端的に言うと、男性の性暴力被害です。弱者とも言える主人公のドニーが権力者の男性から性被害を受けた苦しみは、性的嗜好の混乱まで生み、自己破壊的な行動を起こす負のスパイラルに陥らせます。いたずらに扱ったようには決して見えないのは、後の6話でドニーが自身と対峙する公開告白の場面があるからだと思います。約10分間にわたる彼の告白は「何者でもない」と感じる自尊心の低さを露呈することから始まり、この作品最大の見せ場となります。

リチャード・ガッド
主人公ドニーを演じるリチャード・ガッド自身の体験をもとに創作した一人芝居がドラマ化された(画像:Netflix)

旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害騒動以降、男性の性被害も語られることが少しは増えたものの、ドラマの中で力関係から生じる男性の性暴力被害の問題と真摯に向き合って表現されることはまだ珍しく、これがこの作品が評価される理由の1つになっています。

その一方で、ストーカーとレイプの被害者の同情を誘うだけの物語にしていないことも高評価に繋がっていると思います。ドニーは「自分を嫌うこと、憎むことを何よりも愛していた」と語って自身を見つめることで自分から解放される一歩を踏み出します。周囲からの評価を恐れながら、名声を求め、承認欲求が止まらない1人の人間の正直な訴えが響いてくるからこそ、支持を集めているのです。

Netflixオリジナル作品の中では大作の部類に入らずとも、7週連続でグローバルランキングに入り、これまで90以上の国と地域でNetflix公式「TOP10(英語TV部門)」入りを果たしたことに納得もできます。ただし、欧米をはじめ、中東、アフリカ、アジアといった幅広い地域で支持を集めるなかで、Netflix海外作品のあるあるですが、日本ではまだ「TOP10」ランキング入りしていません。ストーカーの話から普遍的な問いかけに行き着く力作を見逃すのは勿体ないように感じます。

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長谷川 朋子 コラムニスト

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はせがわ ともこ / Tomoko Hasegawa

メディア/テレビ業界ジャーナリスト。国内外のドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。最も得意とする分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約10年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威ある「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や、業界セミナー講師、札幌市による行政支援プロジェクトのファシリテーターなども務める。著書は「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)。

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