激しく扉を叩いて…夜中「紫式部」訪れた男の正体 「布一枚残して消えた」空蝉と紫式部の共通点

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空蝉は抵抗を示すものの、相手は相手だし、結果的に2人は一夜を共に過ごしてしまう。光源氏は、家来筋の妻に手を出したことに対して一切の後悔はなく、むしろそのスリルを楽しんでいるご様子。しかし、それ以降女は用心深く身を守る。決して会おうとせず、頑なに彼のアプローチを拒否し続けた。

そして義理の娘と一緒に寝ていたある夜、空蝉は入ってくる光源氏の気配をいち早く察知し、袿を脱ぎ捨てて、下着一前で部屋から逃げ出す。光源氏はそこに寝ていた女性こそ目当ての女だと思って、ことに及びそうになったところでやっと勘違いに気づく……。彼に残されたのは、空蝉の匂いがたっぷりと染み込んだその一枚の布だけである。

さすが平安時代、求愛活動は常に暗闇の中で行われていたので、こうした失敗も現実世界でも珍しくなかっただろう。引き下がるわけにもいかない光源氏は、「僕がずっと会いたかったのは、まさに君なんだ!」という真っ赤な嘘を吐いて、なんとかその場を丸く収めたのであった。

空蝉が逃げざるを得なかった事情

かなり強引に迫ってきた光源氏だが、空蝉は彼の魅力に関して決して無関心ではない。できるものなら、キラキラと輝く殿上人との危険な情事に飛び込みたい気持ちは山々だが、一度後ろ盾を失くして、路頭に迷いそうな経験をしているからこそ、現実を甘く見ていられなかった。身分秩序を重んじる男性優位社会の中で、中流にすぎない女たちの運命はどれだけ脆くて切なかったのか、痛いほど伝わってくる。

で、リアル空蝉こと、紫式部の方はどうだろうか? 彼女も「袿を脱ぎ捨てる」的局面に立たされたことはあっただろうか?

『紫式部日記』の後半で、年代がはっきりしない記事がいくつか綴られている。どのような経緯で日記に追加されたのか不明だが、その中には以下のような意味深な断片がある。

渡殿に寝たる夜、戸を叩く人ありと聞けど、おそろしさに音もせで明かしたるつとめて、夜もすがら水鶏よりけになくなくぞ真木の戸口に叩きわびつる返し、ただならじとばかり叩く水鶏ゆゑあけてはいかにくやしからまし
【イザベラ流圧倒的意訳】
夜、渡殿の局に寝ているときに、誰かが戸を叩く音がして、恐ろしくって、息を殺して一夜を明かしたわ。朝には次の歌が送られてきた。
一晩中、俺は水鶏以上になくなく君の戸を叩きあぐねたんだよ。
それに対して、確かにとんだ騒ぎだと思ったが、一瞬だけの思いつきだったでしょう。そこまで熱心になく水鶏だからこそ、戸を開けてしまったらどうなっていたことやら

真夜中に、ドアを激しくドンドン叩かれる音で起こされたら、誰だって怖い。ドアの向こうにいるのが知っている人だったとしても……。

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