朝鮮出兵時の「耳鼻削ぎ」は常軌を逸していた 手段と目的が倒錯して起こる"狂気"

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柳田が耳や鼻を削ぐ行為に神や精霊への生贄の文化を見いだそうとしたのに対し、南方は膨大な文献資料をもとに残虐な風習の存在を主張、ふたりの見解は歩み寄るところはなかったようだ。

はたして過去の日本社会において耳鼻削ぎという習俗はどんな場面で行われていたのか。当時の人々がその行為にどんな意味を託していたのか。それを探ることで、日本社会の身体観や刑罰観の来歴をみつめなおそうというのが著者のねらいだ。

耳鼻削ぎは、おもに女性に対する刑罰だった

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中世における刑罰としての耳鼻削ぎの事例を追うと、意外なことにおもに女性に対する刑罰であることが見えてくるという。死刑にするのはしのびないが、放免するわけにもいかない、罪一等減じるときにくだされたのが耳鼻削ぎだったというのだ。人の命がいともたやすく失われる時代の、ある種の「やさしさ」としての耳鼻削ぎである。だが、なぜ足でも腕でも指でもなく、耳や鼻なのだろう。本書はそれを探ることで、中世の人々が人間の肉体のどの部分に何をシンボライズさせていたかを浮き彫りにする。

一方、時代が下り近世の初期の耳鼻削ぎには、見せしめとしての要素が強くなる。「罪一等減じる=人命救済」から、「耳鼻を削いだ上で処刑する」形にかわってくるのだ。死刑をより残酷な形でおこなうことで人々をふるえあがらせ、それによって治安を維持する。中世から近世にかけて、耳鼻削ぎの「価値観」が変容するのである。

その中世と近世の価値観の変容をつなぐのが戦国時代の耳鼻削ぎのありようである。刑罰としてではなく、戦功を証明するためのものとしての戦場の耳鼻削ぎだ。戦=大量殺戮となった時代、全国に急速にこの風習が広がる。それが空前の規模でおこなわれたのが、豊臣秀吉の朝鮮出兵時だった。

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