色も形もとりどりの人工乳頭は、粘着剤で肌に装着して使用する。
既製品で3万円程度~、健側乳頭の型取りをして作るオーダーメイドの場合は、8万円程度~が代金の目安となる(人口乳頭等の販売サイト「BREAST CARE Mine」より)。人工乳頭を着ければ人に身体を見られる場でも違和感がないので、温泉なども気軽に楽しめる。
ところが、美波さんはあえてこのオプションを選ばなかった。
手術への恐怖
「私なりに考えがあったからなんです。それと、“先っぽ、どうします?”のほかに、もうひとつ訊かれたことがあるんですよ。“カスイ、どうします?”って」
カスイ。下垂。乳房を再建すると、どうしても左右の“垂れ具合”がアンバランスになる。術後1年くらいすれば多少均衡が取れてくるが、気になるなら健側の乳房を持ち上げる処置もできるという。夫には「やってもらえば?」と言われたが、さすがに「両胸を切るのは嫌」と、美波さんは拒否した。
同時再建ならば、乳房は簡単に元通りになると思っていた。
よく、豊胸や脂肪吸引の広告には、「傷口は小さくて目立ちません」などのコピーが踊っている。美波さんも、さもたやすく親しんだ胸が還るように認識していたが、実際はバランスをとるために複合的な施術を要した。美を返してもらう代わりに、バラエティに富んだ痛みがかわるがわる彼女を襲った。きれいな胸に戻すことを、甘く見ていた。
「私はぽっちゃりしているので、お腹の贅肉を取って胸に入れるならちょうどいいな、と思っていたんですが……。いざ、切開する部分に執刀医の先生がマーキングしたとき、血の気が引きました。切腹と見まごうほどの範囲に線が引かれていて、“こわい! やっぱり、このままでいい! やめたい! やめたい!”と心の中で悲鳴を上げました。でも、声にならなくて……。そうこうするうちに先生が、“僕のチームは肥満の研究をしていまして。取り出して余った脂肪は研究に使わせてもらっていいですか?”って誓約書を差し出したんです。それに無言でサインしながら“いいんですけど……。どっちかっていうとこの手術自体をやめたいです”って沈み込みました」
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