民主主義幻想が消えた「西洋」が没落する歴史的理由 『西洋の没落』の著者、エマヌエル・トッドの議論

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そう考えると、西欧社会が民主主義的だという根拠がどこにあるのかともいえる。そしてその民主主義が、まるで絵に描いた餅であり、現実が完全に裏切られているとすれば、大衆はどう抵抗すればいいのか。まさにそれが西欧社会で分断が生み出されている原因でもある。

刻苦勉励と高尚な意識を持った選ばれしエリートが、たんなる寡占支配の無能のゾンビ(生き返った死者)の集まりになったとき、人々が怒りをもってポピュリズムに流れるのも致し方のないことなのかもしれない。

民主主義という名の西欧の幻想

また非西欧諸国の多くが、民主主義という名の西欧の幻想にうんざりしていることも確かである。民主主義と自由が、新自由主義として新しい植民地主義をそれらの国に強いてきたのだとすれば、非西欧世界が西欧的価値観に対する偽善と嫌悪の意識を持つのも当然かもしれない。

もちろん、トッドの議論は親族構造などの歴史的背景を中心に世界を考察してきた社会学的分析、すなわち各地域の歴史的構造の分析にすぎないのかもしれない。この議論で、深層的構造を説明することは可能だが、突然変化する社会構造を説明することは難しい。

だから、ややもすると極めて保守的な議論になりかねない。新しい平等や自由を求める声が、旧い構造を変化させるのでそれを拒否し、旧い構造の持つプラスの側面を評価すればするだけ、保守的思想こそ重要だということになりかねないからだ。

しかし、人間のあり方がそう簡単に変化しないことも確かだ。各地で起きている西欧的価値観の受容がうまくいっていないことが、まさにそれを証明している。グローバル化の中で人間はよく似てくると同時に、他方でますます異化していくというのも事実だからである。

西欧が没落したかどうか、今のところまだわからないが、西欧の歴史が相対化される時代が始まったことだけは確かであろう。だからこそ、トッド以外に多くの同種の西欧没落論が今あちこちで出版されているのかもしれない。コロナそしてウクライナ、そしてガザ以降、西欧の没落は必然化してきたのかもしれない。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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