「日本の議員と深い関係?」スパイ防止法の有効性 中国非公式警察関係先を捜査した狙いとは

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ただし、スパイ防止法が存在したとしても、捜査の難しさは変わらない。

筆者は、捜査側の目線だけで言えば、(1)行政通信傍受の整備や司法通信傍受の拡大、(2)囮捜査の整備は、非常に効果が大きいと考える。

行政通信傍受とは犯罪が起きる前に行政機関が行う通信傍受で、未然に傍受することで犯罪の準備行為=「① 外国に通報する目的」や「② 探知又は収集」行為の立証が格段に容易となるが、現在は行政通信傍受は認められていない。

また、犯罪捜査における司法通信傍受では、犯罪行為が行われた“後”を前提に、その対象は薬物関連犯罪、銃器関連犯罪、爆発物関連など一部の犯罪に限定されている。今後、行政通信傍受の整備に加え、司法傍受の対象犯罪を拡大し、諜報事件を含むことも検討すべきである。

これにより、既存の刑法や不正競争防止法等においても、例えば機密情報漏洩事件では、行政通信傍受により未然に工作員と相手方とのコミュニケーションを傍受することで、その機密情報を工作員に渡す前に検挙できる可能性が大きくなるほか(未遂の罰則規定がある犯罪に限る)、司法通信傍受により、一層の真相の解明が期待される。

また、囮捜査については、現状では根拠規定がなく、グレーな手法となっており、日本における捜査においても一般的な手法とは言えない。まず根拠規定を整備したうえで、囮捜査の危険性や捜査ノウハウの蓄積など乗り越えるべきハードルは高いが、実施することで決定的な証拠が引き出せるほか、工作員側も疑心暗鬼になり一定の抑止も見込める。さらには、検察側の話にはなるが、司法取引を拡大させることで、スパイ網の一網打尽の可能性も出てくる。

これまで1985年自民党のスパイ防止法案をもとにその有効性や捜査手法について考察したが、実は、本事案の「同議員を感化させ中国を利する経済・政治活動を行っていた/行わせていた」行為については、検挙できない。なぜならスパイ防止法の構成要件にも該当せず、贈収賄行為等がなければ現行の法でも違法性は問えないと思われる。

よって、スパイ防止法に求められる内容は、1985年のスパイ防止法案に準拠するものでは足りず、例えば2023年7月に英国で制定された国家安全保障法は一つの参考となる。

ちなみに、英国では、2023年に相次いで中国による諜報活動関連の事件が摘発されており、大きな問題となっていた。

同法では、諜報活動による情報収集・漏洩に加え、例えば外国の諜報機関への協力を対象とし、外国の諜報機関による英国関連の活動(※1)を実質的に援助することを意図している行為(※2)などもその対象としている。

※1:英国内で行われる活動や、英国外で行われる活動で英国の安全または利益を害するもの

※2:外国の諜報機関を実質的に援助する可能性のある行為には、“情報、物品、役務または金銭的利益”を(直接的か間接的かを問わず)提供すること、またはそれらへのアクセスを提供することが含まれる。

日本では、中国の非公式警察問題だけではなく、中国・ロシアによる各種諜報活動による脅威が認識されて久しいが、いまだその危機意識が欠如しているような事件が散見される。

一方で、日本ではスパイ防止法の成立を目指すには、根強い反対論を乗り越える必要がある。スパイ防止法をはじめとした法整備を求める声が重要であると同時に、まず変えていくべきは、議員を含む我々社会におけるカウンター・インテリジェンスの意識である。

稲村 悠 日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事

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いなむら ゆう / Yu Inamura

官民で多くの諜報事件を捜査・調査した経験を持つスパイ実務の専門家。元警視庁公安部外事課の捜査官として諜報活動の取締まりや情報収集に従事。刑事時代は、多くの強行事件を担当。警視庁を退職後、会計不正、品質不正などの不正調査業界で活躍し、民間で情報漏洩事案を端緒に多くの諜報事案を調査。さらに、大手コンサルティングファームにおいて経済安全保障関連、地政学リスク対応コンサルティングに従事した。現在は、日本カウンターインテリジェンス協会を設立、HUMINTの研究を行いながら、産業スパイの実態や企業の技術流出を防ぐ為、講演や執筆活動・メディア出演などの警鐘活動を行っている。

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