壮絶ないじめも耐えた「光源氏の母」の一途な愛 夫と息子に愛された桐壺更衣が詠んだ歌

拡大
縮小

具体的な描写がないのは、仕方ないのかもしれない。そもそも平安朝のご婦人は姿を披露する機会が限られていたし、逢瀬も夜闇にまぎれて重ねるものだったので、男女はお互いの外見を吟味する習慣はあまりなかったのだ。

そのような文化のもとに生まれた『源氏物語』もまた、不美人で有名な末摘花を除けば、レディースの顔やボディーラインを捉えた詳細な記述はめずらしい。それでも扇子のようにゆらゆらと広がる艶やかな黒髪だの、煌びやかな着物だの、キュートな仕草だの、光源氏の人生を通過する女たちは何かしらの特徴があって、それぞれの風格が読者の目にパッと浮かぶ。

桐壺更衣へ壮絶な「いじめ」

一方で、肝心な桐壺更衣の印象は至って薄い。少なくとも、我々現代人にはそう感じる。

最も印象的なのは、彼女に対して行われた壮絶ないじめ。

御つぼねはきりつぼなり。あまたの御かたがたを過ぎさせ給ひて、ひまなき御まへ渡りに、人の御こゝろを尽くし給ふも、げにことわりと見えたり。まうのぼり給ふにも、あまりうちしきる折々は、打ち橋渡殿のこゝかしこの道に、あやしきわざをしつゝ、御送り迎への人のきぬの裾たへがたく、まさなき事もあり。又ある時には、えさらぬ馬道の戸をさしこめ、こなたかなた心をあはせて、はしたなめわづらはせ給ふ時も多かり。
【イザベラ流圧倒的意訳】
更衣が住んでいるお局は桐壺と呼ばれる場所。ミカドがそこに訪問するときは、多くの女性の部屋を素通りすることになるけれど、無視された人はカンカンに怒るわけである。当然だが! 桐壺更衣が何度もミカドのお部屋に呼ばれるのも我慢ならない。あまりにも回数が多いので、リベンジを企む人が続出した。打橋や廊下の通り道のあっちこっちにけしからぬ仕掛けをしたりして、送り迎えの女房たちの着物の裾が無残な姿に。またあるときは、どうしてもそこを通らないといけない廊下の戸を、両側で示し合わせて外からカギをかけ、更衣を閉じ込めてしまったこともある。

ヒェー! 怖い! 雅な世界は実に闇が深い。

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT