「ウクライナ敗戦」を世界大戦へ拡大させるな ロシア「ゲラシモフ・ドクトリン」による戦争の結末

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要するに、このドクトリンから言えることは、ウクライナ戦争は、ロシアにとってもまたNATOにとっても、もはや東欧の局地的戦争ではなくなっているということである。それがこの戦争を長引かせている原因でもある。

そしてこの戦争は、NATOと対抗する紛争地域への導火線となり、対立する両陣営が一触即発で第3次世界大戦まで至る不気味な可能性を秘めていることである。

ウクライナへの攻撃は、前線での戦争だけでなく、ウクライナ全土のインフラ設備の破壊であった。それはウクライナ経済を壊滅状態に今追い込んでいる。

NATOが苦しむブーメラン効果

またウクライナに武器や援助を与えたNATO諸国も、その結果自らが行った経済制裁や援助のブーメラン現象を受け、経済的に息切れを起こし景気の衰退が生まれている。それがNATO諸国の不安をいっそうかきたて、ロシアへの脅威を増幅させているともいえる。

そして、それがますます停戦を困難にさせ、戦争を迷走経路に導き、引くに引かれぬ戦いの場となっている。前出のジャック・ボーは、先の書物でウクライナとロシアのプロパガンダの違いを指摘している。

ウクライナは虚偽の情報を流し、ロシアは不利な情報を隠す。ともにプロパガンダだが、内容は異なる。もっぱらウクライナの情報に従っているNATO諸国は、この情報によってこの戦争に簡単に勝利できるものだと支援を強化したが、それが真実ではなかったことで、大混乱に陥っているというわけだ。

戦争中の日本のように、うその情報が出てくると、それを払拭するのは簡単ではない。ロシアの残虐性や非道性への非難が拡大するだけで、戦況や相手の意図がわからなくなる。

ロシアはロシアで、情報が入らないことで、相手の言い分が入ってこない。国民はいたずらに勝利に向かって愛国心を燃やすだけである。

要するに、停戦を生み出す理解がお互いに得られなくなっているのだ。戦争が終われば、両国民さらには世界が、この戦争の現実をしっかりと知ることになるだろう。だが、今のところプロパガンダに振り回され、敵意をむき出しにして、終わるところを知らない。

ウクライナに限っていえば、戦争の決着はすでについているといえる。後は、第3次世界大戦という愚かな戦争へ至らないための政治的決着をどうするかが残っているだけなのだ。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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