この戦いをウクライナは勝利だと喧伝したのだが、ボーによるとそうではないという。
それはロシアの行動が最初から、ウクライナの東のロシア人地域を占領するという計画であったからである。キエフやハリコフ近郊への攻撃は、あくまでも陽動作戦であったというわけだ。
キエフは6万人以上の精鋭部隊で固められている。そのほかの都市も同じだ。こうした軍が東へ投入されると、当時のロシア軍の兵力15万人程度では目的が貫徹できない。だから、ウクライナ全土に攻撃をかけて、ウクライナ軍の東部への投入を避けたというものだ。
アフガン紛争での教訓
ロシアは、ソビエト時代のアフガニスタン攻撃で痛い目に遭っている。それは、アメリカが北爆や中東での戦争で繰り返したように、絨毯爆撃を行い、多くの市民を殺戮し、アフガン人の反感を買い、それ以降の戦線で相次ぐゲリラ攻撃で守勢にたたされ、敗北したという苦い経験だ。
こうした経験からロシアは、市民への直接攻撃は避け、攻撃目標は当面のみならず、背後にある銃後のインフラ設備にターゲットを絞っているという。インフラとは、軍事施設、飛行場、迎撃システム、レーダーなどの情報施設、橋や道路や鉄道などの兵站設備である。
確かにイスラエルのガザ攻撃を見ても(もちろんガザからのイスラエルの攻撃を見ても)、市民への攻撃は国際法違反というだけでなく、人々の憎悪をかきたて、復讐の連鎖を生み出す。破壊されることによる見かけの打撃は大きいが、こうした攻撃は末代までの怨念を生み出す。
インフラ攻撃は、ボクシングのボディブローに似ている。間接的ではあるが、次第次第に相手を消耗させ相手の動きがとまる。考え方によっては、残酷な攻撃だ。真綿でじわじわと締め付ける方法だ。
最終的に根をあげたところで勝利する作戦ともいえる。こうしたロシアの攻撃は、ゲラシモフ将軍の理論から来ているという。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら