「デジタルの先」の中心テーマ「自然資本」とは何か 「気候変動」問題以上に深刻な「生態系の危機」

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これはさほど“浮き世離れ”した話をしているわけではない。というのも、実は日本における伝統的な経済倫理は、経済や経営を「長期」の視点でとらえる発想に親和的だったからである。すぐに思い浮かぶのは、しばしば取り上げられる近江商人の“三方よし”の考え方や、江戸期に活躍した二宮尊徳が唱えた“経済と道徳の一致”の論である(ちなみに二宮尊徳はある意味で誤解されている思想家であり、明治以降“国家に貢献する勤勉な人物”として描かれたが、実際には今風に言えばローカルな舞台で奮戦した「地域再生コンサルタント」と呼ぶべき存在だった)。

また、“日本資本主義の父”とも言われ『論語と算盤』で知られる渋沢栄一は、同書の中で「論語(=道徳ないし倫理)」と「算盤(=ビジネス)」を一致させなければ富は「永続」しないという議論を行っていた。これは現代風に言えば、「持続可能性という目標においては経済と倫理は融合する」という考えであり、やはり経済を「長期」の視点でとらえる発想がベースになっている。

「市場経済」と「コミュニティ」の融合

私はこうした経済のあり方を「コミュニティ経済」と呼んできた(拙著『人口減少社会という希望』『ポスト資本主義』参照)。つまりここでは「市場経済」と「コミュニティ」が融合しているのであり、先ほどの「市場経済・コミュニティ・自然をめぐる構造」の図で見ればピラミッドの最上層と真ん中の層が連続化していて、「(市場)経済」がより長期の時間軸を包含するものになっているのだ。このようなコミュニティ経済を発展させていくことが、「自然資本」や生態系の保全と調和するような経済のあり方につながるのではないか。これは同じく「市場経済・コミュニティ・自然をめぐる構造」の図の箇所で述べた、“市場経済をその土台にある「コミュニティ」や「自然」にうまくつなぎ、それらと調和する経済社会システムを作っていく”という方向とまさに重なっている。

以上、近年大いに関心が高まっている「自然資本」というテーマを考えていく際の基本的視点について述べたが、次回はより具体的なレベルで「自然資本」や生態系保全への対応について考えてみよう。

※「自然資本」や「ネイチャーポジティブ」と経済・企業の関わりについて私自身が接点をもつ展開として、東京や京都に拠点を置く「ロフトワーク」は、「生物多様性と経済」というシリーズ企画を進めており、それには私が報告を行った「多種共存の資本主義社会を予測する」という京都でのセッション(2023年7月)のほか、サーキュラーエコノミーとの関わり、「自然資本投資と評価指標」「生物多様性のデータ収集と価値化」といった具体的な話題が含まれている。

広井 良典 京都大学 人と社会の未来研究院教授

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ひろい よしのり / Yoshinori Hiroi

1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務後、96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学教授。専攻は公共政策及び科学哲学。限りない拡大・成長の後に展望される「定常型社会=持続可能な福祉社会」を一貫して提唱するとともに、社会保障や環境、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行っている。著書に『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞)、『日本の社会保障』(エコノミスト賞受賞、岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など。

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