「下町」であるほど多国籍という東京のリアル 漫画『東東京区区』著者かつしかけいたさんに聞く

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――偶然のきっかけで彼女たちと知り合い、町歩きをするようになった春太は、漫画ではどのような役回りでしょうか。

春太は中学生で「学校が肌に合わない」と感じ、ほとんど学校に行っていません。でも町歩きや歴史が好きで勉強熱心です。これは中学時代不登校だった私自身の経験が投影されています。

かつしか・けいた/葛飾出身、在住。2010年ごろから地元葛飾周辺の風景を描いた漫画作品を発表。自主制作漫画誌『ユースカ』『蓬莱』に参加。イラストレーターとして雑誌や書籍の挿画なども手掛ける(写真:記者撮影)

大学生のサラと小学生のセラム、その2人の間くらいの世代の視点や感覚も必要だと思いました。サラは自分のルーツや背景、信仰について自覚的で、言語化することができる。

一方でセラムは自分が周りとは異なる背景を持っていることをなんとなく感じてはいるけれど、まだうまく言葉にして説明することはできない。

春太はその中間くらいにいて、学校にうまく馴染めないことから、自分が周りと比べて「普通」ではないのではないかと悩んでいる。自分が周りとは何か違うとそれぞれ感じているのだけど、その理由も3人の中でまちまちです。

「若い人が感心…」と問われ驚く若者たち

――若い3人が街を歩いて地図を見ながら話していると、地元のご年配の方が声をかけます。ほぼ「若い人なのに感心ね」と大人は返します。ところが3人は、「若いのに……」という言葉を気にしています。

これも私の経験から描いたものです。とある石碑を探して歩いていると、地元との年配の方から「何か探しているのかい?」と話しかけられました。

若い世代は親や祖父母世代の昔話に興味を持つことが少なく、年配の方たちも自分たちの記憶や経験を話す機会があまりなかったのではないでしょうか。

実際に話を聞けば聞くほど、昔の街の様子がどんどん出てきて、それが立体的に浮かんでくる。再開発が進んでいる地区がありますが、かつての町並みが変わった後に「親に聞いておけばよかったな」と思います。

――江戸川区小岩にかつてあった「ベニスマーケット」を訪れた時の3人の会話や気づきが印象的です。ここはかつての闇市でした。

戦後の一時期にあった川の上のマーケットですね。1964年の東京五輪を前に衛生上の問題や火災の危険性もあり解体されてしまった。

かつて「ベニス」の名を冠した通りがあり、現在ではそこにさまざまな国の料理や文化を伝えるお店が並んでいることが、偶然とはいえどこか連続性も感じられる気がして、とても面白く感じました。

――そういったお店を出している人たちはずっとここに住むのだろうか。「ずっと住むなら子どもたちもそこに住むんだよね」というセラムが、「その子たちも、みんなと仲良くできたらいいな」とつぶやく姿が印象的です。

異なるルーツを持つ人たちが仲良く暮らしていて何も問題はない、といった描き方はしたくありませんでした。そこでセラムが異なるルーツを持つ子どもと自らを重ね、育つ環境に思いを馳せる場面を入れました。

明確に目的や意思を持って日本に移り住んだ第1世代と、そこで生まれ育った第2世代とでは、今いる土地に対する、またルーツである言語や文化に対する距離感も変わってくるのではないか。

私がそうした気持ちや感覚を「代弁」することはできませんが、世代によって、個人によっても、育った場所やルーツとの関わり方や向き合い方が異なることを描きたかったです。

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