低所得者への「10万円給付」に怒る人が損をする訳 「既得権益」の摘発に躍起になるいびつな監視社会

拡大
縮小

国民同士が疑心暗鬼となり、バトルロワイヤルさながらに特定の階層を攻撃する事態が拡大することになれば、国家に対して再分配自体を縮小する口実を与えることになり、社会保障などが軒並み切り捨てられていくだろう。最近、後期高齢者の医療費の窓口負担を2割に引き上げる案について、一部の現役世代から「3割にすべき」との意見が飛び交ったが、実のところそれによって得するものは誰もいないのだ。

ここでは、自分たちと「後期高齢者」は別の人種とするカテゴリー主義が顔を覗かせている。なぜか今という時間のみで年齢層などが固定され、自分たちはまるで年を取らないかのようである。社会的なつながりの希薄さがそれを後押しし、他者の「既得権益」化に向かわせる。けれども、こういった形で世代間闘争の様相が強まれば強まるほど、政府は世論の分裂を味方にして“より過酷なプラン”を国民に押し付けようとするだろう。

でたらめな経済政策がもたらす、モラルへの深刻な影響

これは、井手らが示した「救済型の再分配」の問題点とよく似ている。経済格差が拡大している一方で、格差是正に前向きではない世論が形成されたニュージーランドの事例に関する研究だ。多くの人々が自らを中間層と捉え、再分配政策の負担者になると考えやすかったという。そして、低所得層を自分たちと区別し、自分がもらえないのだから彼らにも支払わない(支払うべきでない)、という心理が働くことを指摘している。

でたらめな経済政策が事実上の「分割統治」に陥ることと同様に深刻なことは、モラルへの影響かもしれない。「普通に働くこと」の価値が毀損されることによって、通常であれば抑制されていたような振る舞いが水面下で広がっていく可能性がある。つまり、より一生懸命になるというよりかは、ステルス・サボタージュ(ひそかな怠業)とでも呼ぶべき「労働から半分降りる」感受性が、ウイルスのように拡散していってもおかしくはない。

私たちは、カテゴリー主義の先鋭化と、自分自身が社会において不公平な立場にあると感じる傾向の高まりが、国家モデルの失敗に淵源があることを踏まえながら、政府のでたらめな経済政策に振り回されないようにしなければならない。

「異次元」と称される、階層分断や混乱を意図したような各種政策を見るまでもなく、現在の政権が国民の窮状を一顧だにしていないことは、多くの人々が痛感していることだろう。

災害級の無策に見舞われた私たちの出方が問われているのだ。

真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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