アラサーのための戦略的「人生相談」--自分を「客観視」するためのトレーニング法(その1)

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広瀬 一郎

■■第14回 自分を「客観視」するためのトレーニング法(その1)

高田昇・仮名 30歳 広告代理店

広瀬さんは人生相談に対し、いつも論理的な回答をされていますが、どこで、どのようにしてそういう思考方法を学んだのでしょうか? モノゴトを客観的に考えるようにするには、どんな訓練をすればいいのでしょうか?

広瀬:いつものように、あなたの質問を「なぜ(Why?)」から考えてみましょう。あなたがモノゴトを客観的に考えるようにしたいのは、なぜなんでしょうか?

高田:モノゴトを客観的に見る癖をつければ、問題を解決する能力が向上すると思うからです。ただ、「客観的に」というのが、どうもしっくりときません。客観と主観というのが、いま一つ感覚的にわからないんです。

広瀬:確かに、主観はこうだ、客観はこうだって、言葉で説明されても、なかなか感覚的にはつかみにくいでしょうね。

たとえば、自分は一生懸命頑張って仕事をしている。「睡眠時間を削って3時間しか寝てないし、こんなに頑張ってるぞ!」と思う。これは主観的です。

でも、その自分を外から見れば、「3時間しか寝てない」というけれど、そもそも「やり方がまずかったから、時間がかかっているだけじゃないか?」とか、いろいろ考慮すべきことがあるはずです。これが、客観的な視点です。

何かに取りかかっている自分を、その外からチェックする。「ものすごく頑張っているんだよ」という主観に対して、それを第三者がどういうふうに考えるかが客観です。

高田:主観的というのは、感情的ということなのでしょうか。

広瀬:確かに主観は情緒的になる可能性が高いでしょうね。何しろ、自分のことだから思い入れがないはずがない。だから、冷静に判断するのは難しい。

たとえば、サッカーの応援で「ワー」って盛り上がっているのは主観だけど、それを外から見て「こんな弱小チームに勝っても、大喜びするほどのことだろうか?」と冷静に考えるのが客観的。

客観的というのは、冷静で合理的だし、心情的ではなく物理的な要素が大きいので、多分に情緒的な部分は抑えられます。でも、それはつねによいことばかりではありません。
 
 そうなると実はノリが悪くなる。主観的にやらないとノリは悪くなりますよね。「勝ってうれしがっているけれど、これでいいのか?」なんて考えてしまうわけですから(笑)。

映画館でのトレーニング法

「主観/客観」というのをトレーニングする方法として、今まででいちばん効果的だと思ったのは、映画館です。

映画でいちばん盛り上がって涙が出そうなときに、「今この劇場には何人が来て、男女比は? 年齢構成は? この段階で何人が泣いているか?」と考えて周りを観察する。

あるいは、「わたしが泣こうとしているこの映像は、実は光の粒子がスクリーンに当たってできている単なる映像である。布でできているスクリーンに反射している光の集合であって、実体ではないものに対して、なぜ私は泣いているのか?」と状況分析する。これは実に客観的でしょ。

高田:はい。でも、何か嫌ですねえ……。

広瀬:そうでしょう。『英国王のスピーチ』のあの最後のシーンで、周りを見渡して、「ふーん、ここで皆が泣くんだ」なんて観察してしまうのは、いいのか悪いのか……。

何しろ、そういうふうに分析してしまうと、映画では感情移入できず、泣けなくなりますから。ほかの方法として、目の前で繰り広げられている筋書きだけを追うのではなく、物語全体の構造をつかんで、制作者の意図を読もうとするのも効果があります。

「ここで盛り上げるために、5分前の場面に布石があった」という分析をする。モノゴトを、目の前の現象だけで判断しないで、その背景だとか「流れ」を読む努力をする。

コンテクスト(文脈)で理解しようとするのも、客観的な把握には有効です。ある文学作品を読みながら、「作者は主人公をなるべく悲惨な状況に置き、最後のここで盛り上げるんだな」と分析をするのは、客観的ですね。

読者が主人公に思い入れをして、「かわいそうな目に遭ったのだから、最後に幸せになってよかった」と思うのは主観的です。文学の中でもミステリーは「客観的」な見方を訓練するのには向いているので、私は大好き。物語の筋だけではなく、つねに作者の意図を推理するのが大きな楽しみですから。

ノンストップ・ミステリーと言われる分野があります。10年に出版された『ノンストップ!』という作品が典型ですけれど、主人公に次々と思いがけない問題が降りかかってくる。これでもか、これでもかってね。
 
 読みながら、「ええ、今度はそう来るか!」なんて思わず口に出してしまう。自分の読みが外れたときは、悔しいのと同時に、快感。何しろ、物語で作者と読者が知的に競っている、ゲーム感覚が推理小説の醍醐味のひとつですから。

映画化もされた『推定無罪』や、ケビン・コスナーのデビュー当時の『追い詰められて』といった作品には、最後のどんでん返しに「やられた」と感じました。この映画を見ていたせいか、『ツーリスト』では、ジョニー・デップが登場した途端に、オチがわかってしまいました……。

一流アスリートの共通点

実は、スポーツは、「自己客観化」をトレーニングする場でもあるんです。1月18日付の朝日新聞の運動面で、西村欣也さんが「イチロー」や「松井」や、スピードスケートの清水や、元ヤクルトの古田などの取材を通して得た「超一流のアスリートに共通する必要条件」について述べています。

それが「自己を客観視する能力」でした。確かに自分の能力を的確に把握しなければ、世界では勝てません。これはスポーツの世界だけではなく、一流のビジネスマンにとっても不可欠な能力です。

課題解決の基本的なプロセスのスタートは、「現状把握」。それも客観的に把握することが大事。「皆がおかしいと言っているから、おかしいのではないか」という甘い問題認識は論外です。できるだけ数値的なデータで、客観的に捕捉する必要がある。

そのうえで、その事実が「なぜ問題なのか?」を考えます。それによってのみ、「課題解決」の「成果」が定義できるんです。ここまでが「課題設定能力」と言われるもの。

そして「解決案のシナリオ」策定に取りかかる。ここで初めて方法論、つまり「How」の問題に入る。最初の「現状」と目指すべき「成果/ゴール」との差をどのように埋めるか、というプロセスが吟味の対象になります。比喩的に言うなら、「スタート地点とゴールとの間をどのようにルート設定するか」です。

ここまでは戦略策定の前段階で、その次の「優先順位」が本当の意味で戦略の段階になります。最初の「現状把握」の「本当?」と、次の「なぜ?」の2つは、「クリティカル・シンキング」と呼ばれる思考方法の核ですね。

いずれにせよ、自己(現状)を客観的に把握することは、真の「課題解決/戦略策定」の根本です。こう言うと簡単に聞こえるかもしれませんが、いざ自分のこととなると案外難しい。皆、自分が可愛いから、悪いところ、問題点を率直に客観視できないのです。

そもそも問題解決は、問題があるから開始するわけだから、「問題のある自分」を直視する勇気がなければ解決もへったくれもありません。でも、皆自分がかわいいし、醜い自分の姿を直視したくないのが人間です。

原発事故に当たり、「東電が津波の危険性を認識していなかった」というのは、おそらく「認識したくなかった」というのが真実だろうと思います。

4月の「ゆでガエル」の回でも述べたように、現状の自分に関する問題を客観的に認識することは、自然にできることではありません。だから、トレーニングが必要なんです。日本ではこういったことに関する教育が、これまではおろそかになっていましたが、どれだけ重要なことか、十分すぎるほど思い知ったでしょう。

これを機に日本全体の再興を考えようという意欲的なプランがいろいろと提案されていますが、これまでのところ「教育」分野がどの案にも抜けています。これだけ「人災」が強調されているにもかかわらずです。「これは問題だなあ」と感じ、若者向けに「知的武装」をテーマにした本を今秋出版することになりました。

ただ、冷静になるということは、「情緒的になれなくなる」ということでもあります。みんながものすごく盛り上がって涙しているときに、涙が出なくなりますからね。失うものはあります。

結論としては、「主観と客観の両方ともが必要」で、あるところでバランスを取らなければなりません。みんなが感情的になっているときには、自分は客観的になったほうがよい場合もある。しかし、むしろ客観的にならないで皆と同調したほうがよい場合だってある。
 
 つねに冷静だと、「なんかノリが悪いな」とか、「俺たちをバカにしているんじゃないのか」とか言われる危険性はあるんです。そこは押さえておいたほうがいい。みんなが感情的になればなるほど、自分が冷静になるのが癖になると、それは強みであるとも言えるし、悪い癖だとも言えるんです。


ひろせ・いちろう
 1955年生まれ。東京大学法学部卒業。80年、電通入社。トヨタカップを含め、サッカーを中心としたスポーツ・イベントのプロデュースを多数手掛ける。2000年に電通を退社し、スポーツ・ナビゲーションを設立。その後、独立行政法人経済産業研究所の上席研究員を経て、04年にスポーツ総合研究所を設立し、所長就任。江戸川大学社会学部教授を経て、多摩大学の教授として「スポーツビジネス」「スポーツマンシップ」を担当。著書に『Jリーグのマネジメント』『スポーツマンシップ立国論』など。現在東京と大阪でスポーツマネジメントスクールを主宰し、若手スポーツビジネスマンを育成している。
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