埼玉県所沢市に住む渡辺大地さん(34)も、都内への通勤を辞めたひとりだ。現在は、所沢を拠点に出産前後の家庭をサポートする事業を展開している。週末は新米パパを対象とした「父親学級」の講師として、夫婦で育児をスタートするための父親の役割について説く。
だが、そんな渡辺さんもかつては、家事や育児にはほとんど参加できない父親だったという。
都内の出版社に勤めていた渡辺さんの通勤時間は約1時間半。朝は7時ごろに家を出て、帰宅するのは毎日22時を回っていた。平日は子どもに会える日はまずない。「妻に毎日『写真を撮っておいて』と言っていました」。
都内の広告代理店で人事や総務の仕事に就いていた妻の琴美さん(33)も、通勤にはやはり1時間半を要していた。産育休を経て復職後は10~17時の時短勤務だったものの、朝は8時に家を出て、急いで帰っても自宅に着くのは19時だ。「私の復帰後は夫婦で会話する時間なんてありませんでした。好きで結婚したはずの相手なのに、“おカネさえ入れてくれたらそれでいい”くらいにしか思わない、乾いた気持ちになっていました」。
お互いが心の中で「このままではいけない」と思いつつ、慌ただしく毎日を過ごす中、東日本大震災をきっかけに大地さんの会社の業績が悪化する。転職先を探すと同時に、いつも家族の近くにいられるよう所沢で働くことはできないだろうかと起業の可能性も模索し始めたころ、琴美さんが第2子を妊娠する。
想定外の家事・育児体験から起業
起業のネタは、思いも寄らないところから生まれた。琴美さんが妊娠16週でまさかの破水。緊急入院と寝たきりの生活を余儀なくされたのだ。会社を辞めた大地さんは、子どもの世話と家事のすべてを引き受けることとなる。
この経験から、妊婦や産後の家庭を支援するサービスに需要があるのではないかと考えた。琴美さんの出産をモデルケースとしてサービスを組み立て、産後サポートの事業が少しずつ始まった。
琴美さんも第2子出産後は復帰をせずに会社を辞めた。会社が軌道に乗るまでは、家計がどうなるかという暗黒期もあったという。それでも琴美さんは「毎日家族そろって夕食を食べられることがいちばんの幸せ。夫が会社を辞めてくれて感謝しています」と話す。2人の夢は「所沢でならもうひとり産みたいと思ってもらえる街にすること」。夢に向かって2人のチャレンジは続いている。
ツバメの夫婦は子育て期間中、オスとメスがそろって巣を守り、巣の周辺でエサを取るという。職住近接の道を選んだ共働き夫婦の話を聞いていると、そんなツバメの子育てを思い出した。
それまでバリバリ働いていた優秀な人材が「やめスイッチ」を押してしまえば会社としては損失を被る。一方で、優秀な人材を取り入れた地域は地域力を高める絶好のチャンスを手に入れる。家族との暮らしに重きを置く子育て世代の価値観は、社会に働き方の多様化という新しい波を起こしつつある。
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