(第60回)お茶の話(その2)

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山崎光夫

 「たまにはお茶しましょう」
 とは女性が集まっておしゃべりするときの常套句。ストレス発散の場でもある。男なら、「一杯やろうか」になる。お茶とお酒で男女の違いが出る。

 お茶といえば、戦国時代の武将・浅井長政の娘に「おちゃちゃ」がいる。初(はつ)、江(ごう)とともに、3姉妹の長女。「おちゃちゃ」はのちに秀吉の側室となり淀君と呼ばれた。この淀君と正室・おね(北の政所)とは犬猿の仲。この2人に“黒百合事件”なる事件が発生する。

 北の政所は茶の湯の愛好家として知られ千利休とも交流している。あるとき、信長の旧臣・佐々成政が加賀の山・白山(はくさん)から採ってきた珍花中の珍花、黒百合を献上した。
 興を覚えた北の政所は、
 「お茶しましょう」
 とばかり、淀君や利休の娘などの客たちを招いて茶の会を開いた。
 ところが、淀君は事前に茶会の趣向を探り、黒百合も自ら入手していた。会の席では珍花にもさして驚きもせず、ごく普通に振る舞った。
 その数日後、今度は淀君の屋敷で花摘みの供養が開かれ北の政所も招かれた。するとそこに黒百合が撫子(なでしこ)ほかのごく普通の花と一緒に活けられていた。珍花、黒百合がさげすまれた扱いを受けていた。
 北の政所は恥をかかされたといらだった。このためか、黒百合を用立てた佐々成政は 領地・肥後を没収され、切腹。肥後は加藤清正と小西行長の両人に分配された。この両武将は関ヶ原の戦いでは敵味方に分かれて戦った。戦国時代の「お茶しましょう」は、日本を二分する戦いに巻き込んだともいえる。

 また、茶の湯の世界で言われるのは、茶会で避けるべき話題に、
 「我が仏、隣の宝、婿舅(むこしゅうと)、天下の軍(いくさ)、人の善悪(よしあし)」
 がある。
 宗教論議、財産話、家庭問題、政治談議、人のうわさ話は控えるべきという教えである。
 話題を考慮しないと無粋として嫌われる。
 この心構えはビジネスの世界でも通用するだろう。

 さらに、ヨーロッパ人はお茶を求めてアジアに大航海を企てた経緯もあり、お茶には人々を酔わせ、狂わせる何かがあるのかもしれない。お茶、恐るべしである。

 その昔、といっても昭和40年代の話だが、喫茶店にドアガールなる女性がいた。
 「何する人ですか?」
 と今どきの若い女性に聞かれたものである。
 「ドアガールというくらいで、客が現れるとドアを開ける女性だ」
 「入口のドアをですか」
 「そう、それがサービスだった」
 だが、次の言葉に私は驚いた。
 「バカみたい」
 と若い女性は言った。
 なるほど、自動ドアの昨今、ドアガールなど考えられないだろう。加えて、男女平等、男女雇用機会均等法の時代である。
 当時、ドアガールは高級喫茶店に配置されていたので、マスコットガールとして、憧れの職種ではあった。それが今やバカみたい、と言われる。喫茶店はセルフサービスのカフェテリアスタイルが主流になった。

 お茶を取り巻く世界を分析、解剖すれば世の中が見えてくるかもしれない。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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