「埼玉限定のいちご」が高級市場に乗り出した背景 フルーツ生産者を育成するコーチの技【中編】

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売り上げが拡大する一方で、生産者たちは、猛暑や台風など容赦ない気候変動を潜り抜け、はい上がるように、慈しむように、作物と向き合いながら豊かな実りを支えている。

石部さんは流行の発信地、東京・銀座にあった果物店の長男として生まれ育った。銀座にある別のフルーツの名店で販売などを経験し、その後35歳で銀座千疋屋に中途入社。50年にわたり、同じ銀座から定点で国内のフルーツ業界の変遷を見てきた、唯一無二とも言える原体験と経歴を持つ。全国各地の生産者との交流を通して、石部さんにはいま、どんな風景が見えているのだろうか。

行動を起こせば、次の波に乗れる

「商売においては、銀座はやはり日本の中心。ここにいると、流行の波が次々と押し寄せ、入れ替わる様子がどこよりも早くわかります。

サーフボードに例えると、バンバン押し寄せる波の中で、沖に出るためのカレントをうまくつかまえられた人が、波に乗ってサーフィンを楽しむことができる。商売も同じで、いま行動を起こしておけば、次にやってくる時代の大きな波に乗り遅れることなく、沖に出ることができる。そんなポイントがあるように思います」と石部さんは言う。

銀座千疋屋は販売や流通が専門であり、果物をつくれるわけではない。だが、東京・銀座を拠点に全国の生産者とつながり、気候変動や技術革新など日々試行錯誤に没頭する作り手の生きた情報に触れるからこそ、「見えるもの、伝えられることがある」と考えている。

銀座千疋屋仕入長・石部一保さん(写真:筆者撮影)

「海に行こうぜと誘っても、やるかやらないか、ついてくるかどうかは、結局その人次第。タイミングやスピードを含め、『そうだ、今じゃなきゃ』と行動に移せるかどうかで、その先の結果が大きく変わってくる。五十嵐さんたちの動きは、まさにそうでした。違いはやる気なのか、感性なのか、それはもう、理屈じゃないですよね。誘う理由をこちらが説明したり、説得したりするわけでもありませんから」(石部さん)

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