ところがこのようなおかしな状態が恒常化しているために、それが「常識」になってしまった。まさに「日本の常識は世界の非常識」の典型例だ。予算と人事こそが、政治が軍隊という暴力装置(実力装置)を統制するためのもっとも大きな武器である(ちなみに、暴力装置という言葉は防衛省の防衛研究所のテキストにも使用されているにもかかわらず、民主党政権攻撃のために「左翼用語」だとして攻撃材料に使われたため現在政府は「実力組織」という新語を発明して使用している)。
政治が「実力組織」を統制する文民統制の要諦は「予算」と「人事」である。その武器を政治と有権者が自ら手放しているのだ。
よく我が国は単年度予算だから長年に渡るプロジェクトを包括的に国会で議論できないと防衛省関係者は言い訳するが、米国をふくめてほとんどの国が単年度予算だ。そのことは言い訳にならない。
なぜ自衛隊の調達は高額になるのか
かつて陸自が採用した戦闘ヘリ、AH-64Dは富士重工業がライセンス生産し、陸幕の内部見積もりでは62機が調達される予定だった。ところが、陸幕は急な心変わりで、調達数を僅か10機に減らし(後に13機になった)調達を打ち切ろうとした。ところがそれまではライセンス生産に掛かる費用などを頭割りで要求していたために、10機の調達では数百億円の損害を出すことになる富士重工は慌てた。
だが陸幕の主張は「62機の調達を約束したことはない」と強引に幕引きを図り、富士重工が提訴して訴訟中となっている(過去の記事「アパッチ攻撃ヘリの調達、なぜ頓挫?」を参照)。まさに陸幕と富士重工は「口約束」で数千億円のプロジェクトを進めていたのだ。
諸外国ならこんな喜劇(悲劇?)は普通起こらない。それは国会がプロジェクトを了承して、国とメーカーが契約を結ぶからだ。たとえば英国防省は哨戒機MR2をMR4にアップグレードをするプログラムを進めていたが、当初の見積もりよりもコストが掛かり過ぎるためにプロジェクトを中断した。このため英国政府は契約に沿って相応のペナルティをメーカーであるBAEシステムズ社に支払った。
空自のF-2戦闘機は当初約130機の調達が98機に削減され、また陸自の偵察ヘリ、OH-1は当初約250機調達の予定が34機と激減している。調達計画が変わることは致し方がない。問題はこうした変動も織り込んだうえでの契約を結んでいるかどうかだ。
調達数がいつ激減するかもわからないため、企業側も対抗せざるを得ない。防衛省は適正利益しか許していないというが、「原価」を算定しているのは企業側だ。「原価」と「利益」はいくらでも調整が効く。
企業側は、何機を何年で作るかの経営計画が立てられないため、まともな生産計画を立てられない。たとえば毎年平均10機の生産ならば10年で生産が終わるが、毎年平均5機ならば20年となり、設備や人員の拘束期間は2倍となる。また調達の変動の問題も大きい。たとえば今年10機の調達があっても来年がゼロであれば、1年間設備も社員も遊んでしまう。主契約社の大手企業ならば耐えられるが、防衛産業の依存度が高い中小下請けにとっては極めて厳しい。
このような極めて不明瞭な事業では、多めにマージンを取ろうというインセンティブが働く。実際にコスト計算を多めに見積もることは可能だ。つまりこの調達システムが、日本の防衛装備のコスト高を招いている一因と考えられる。
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