東日本大震災で過去最大・最長期間の災害医療に従事、NPO法人TMAT・橋爪慶人理事に聞く


--今回の支援活動にはどのような特徴がありますか。

東日本大震災は、災害の規模がきわめて大きく、被災地が広範囲に及ぶとともに、避難住民も膨大な数になっています。地元の医療機関の立ち上がりも遅く、支援活動は1カ月以上に及んでいます。そのため、TMAT活動には、グループ内だけでなく国内外からのボランティアも受け入れ、延べ1246人の医師が参加しました。期間の長さ、参加人員とも過去に例がありません。
 
 過去にない大規模な支援活動を継続できたのは、TMATの災害医療支援に多くのノウハウが蓄えられているとともに、いちばんの支援団体である徳洲会グループの規模がかつてと比べて格段に大きくなっていることが要因として挙げられます。
 
 徳洲会グループは全国に66の病院を含む280余の医療施設を擁しており、救急車を全国から集めることができるという強みがあります。地震発生翌日には仙台徳洲会病院に25台の救急車を投入し、機動力を生かした支援活動を続けてきました。さらにガソリン不足で物流が途絶えがちのところには他の医療機関の患者搬送だけでなく、医療物資の搬送にも協力しました。
 
 そのような機動力があったからこそ気仙沼市立本吉病院や他地域にも、いち早く医療支援チームが入ることができました。

--本吉病院が所在する気仙沼市本吉地区(旧本吉町)はどのような状況でしたか。

本吉地区は人口が約1万1000人に対して病床数38床の本吉病院があるだけで、診療所は一つもありません。医療がもともと手薄であるところに、本吉病院も津波の被害がひどく、医療機能が極端に低下していました。病院の1階部分が水に浸かり、CT(コンピュータ断層撮影装置)などの医療機器も使えない状態でした。院長も首まで津波に浸かってしまい九死に一生を得たと言っていました。


気仙沼市立本吉病院


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医師、看護師とも疲労困憊する中で診療を続けており、医療物資も枯渇する中、病院から避難をしようとしているところにTMATが支援に入りました。TMATは病院の2階で診療を開始し、入院患者への診療を継続しました。地震発生当時28人いた入院患者は、その後、ほかの地域の病院に転院させたうえで、診療を継続できる態勢を整えました。

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