やまぬ芸能人への誹謗中傷が問うTwitterの功罪 ryuchellさんの死に改めて考えるSNSの攻撃性

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一方でTwitterの場合、いわゆる”鍵付きアカウント”にするか、あるいは個別IDをブロックする以外にすべがない。ブロックする機能だけでは、新規アカウントなどからの誹謗中傷を避け続けることは困難だ。なぜInstagramのように、望まない相手とのやり取りを抑制する機能を盛り込まないのだろうか。

それはTwitterが、発言の機会を提供するプラットフォームであり、ユーザーの発言内容に対して積極的に判断する立場にはない(問題は、あくまでも発言を行う利用者にある)という姿勢に徹しているからだ。

Twitterのヘルプセンターには、嫌がらせに対するマニュアルが掲載されている。この内容を要約すると、誹謗中傷を行う人と距離を置くためにTwitterが提供している機能は”ブロック”以外にない、ということだ。

筆者はこのスタンスを偽善だと考えている。なぜならば、筆者自身が2012~2013年頃、Twitterにおける誹謗中傷投稿に向き合ったことがあるからだ。

発言に関して積極的判断はしない

誹謗中傷について報告を行うと、Twitter側は(筆者がプレスであることも関係しているが)可能な限り話を聞いてくれた。が、その答えは「何もできない」ということだった。いやむしろ、「何もするべきではない」といったほうが正しいだろう。

誰もが利用できるプラットフォームの運営者自身が、発言の妥当性に関して積極的に判断し、削除したり投稿者の利用を制限したりすることはできないという見解だ。つまり、問題はプラットフォーマーではなく、利用者の側にあるというスタンスだと考えられる。

この考えを一方的に否定はしないし、情報基盤を提供するサービス事業者として正しい判断をしたとも言える。一方で、自ら積極的に抑制することでコミュニティの活力を奪いたくないという意思が強かったのだと思う。Twitterの黎明期が終わって、まだこれから利用者数が伸びるという時期だった。

自由に発言できる情報発信基盤として考えるとき、攻撃的と感じる発言を抑制しすぎると、Twitterならではの爆発的な拡散力を阻害しかねない。しかし、これまでのネットにおける誹謗中傷事件を省みるならば、”望まないやり取りを抑制する”手法を、プラットフォーマーの責任として模索すべきだろう。

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