70歳「元応援団」3人が友の通夜で追憶した青春 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(1)

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「これでおしまいか……」

手にしたフィルムカメラを眺め、巣立がため息をついた。先ほど撮った、安永先生の笑えない冗談に沈黙した四人の写真が、最後の一枚だったらしい。

私は卒業証書をバッグにしまい、「そうだな」とだけ返す。

「どんな未来が待ってるだろうね」

校門に背を預け、宮瀬が空を見上げる。その顔に笑みはない。

「ホットな未来に決まってんだろっ」

板垣が太陽に向かい叫ぶ。やはり笑顔はなかった。団長といえども、不安なのは一緒らしい。

いつもは誰かが埋めるはずの間が、ぽっかりと空く。

急に肌寒く感じ、私は学ランの袖を無理矢理に伸ばした。

「どんな未来でもへっちゃらだろー」

ふいに、のんきな声が場を満たす。

「巣立はずいぶん余裕だな。コメディアンの修業こそ茨の道だろうに」

「オレには、人生の極意があるからなー」

巣立は短い首を目一杯に伸ばし、「知りたい?」と私に迫る。

「そんなものがあるならな」

板垣と宮瀬も顔を近づけ頷く。巣立は「よろしい」と言ってカメラを鞄に戻し、両手を広げた。そして、仰々しく告げる。

──ラブ・ニヤニヤ。

「オレにはオレがついている」

「なんだ、それ」

みんなが吹き出す。人生の極意にしては、なんとも軽く、間の抜けた迷言だ。

「ごめん、つい横文字が出ちゃったわー。和訳すると、口もとのゆるみを愛して進め。応援団での3年間がそうだったみたいに、思わずニヤニヤしちゃう方へ進んでさえいれば、人生はオールハッピーになる」

のほほんとした、それでいて一点の曇りもない声色だった。

「この先、世界が敵に回ったとしても、オレがオレの味方でいてやればいいってわけよ」巣立は私たちの顔を見つめ、「オレにはオレがついている。だからオレは一人じゃないんだなー」としみじみ呟いた。

オレにはオレがついている──。だから一人じゃないってのは無理があるだろ、とも思ったけれど、それを上回る心強さに満たされた。

「ニヤニヤこそが生きる道標になるってわけか」

私は背筋を伸ばす。

「その先でフラフラになるまでがんばればいいってわけだ」

板垣が胸を張る。

「そしたら最後にはキラキラと奇跡が舞い降りるってわけね」

宮瀬がウインクを添える。

「いささか都合がいい気もするけどな」

「引間、気にするなよー。どうせ世界は、オレらの都合なんか無視して進もうって魂胆なんだから。少しくらいこっちの都合に寄せても、バチは当たらないって。3年間、鼓手としてバチを握り、バチと蜜月を過ごしてきたオレが言うんだから、間違いない」

巣立が責任感たっぷりに無責任な発言を放った。

皆に倣って、少し胸を張り、空を仰ぎ見る。柔らかな光をまとう青空に向かい、さっきから気になっていたことを意見する。

「18歳で人生を極めるのは早すぎるし、ニヤニヤは横文字じゃなく日本語だ」

次ページ「応援団をやっていた頃を思い出すな」
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